学校給食は必ず変えられる
南房総市の給食
柏木 智帆
第1回 トップダウンで完全米飯給食に
千葉県南房総市では2011年4月から完全米飯給食が始まりました。それまでの週3日がごはん、週2日パン・麺からの急速な変革。その立役者となったのが、同市の三幣貞夫教育長です。
「来年4月から給食は全部ごはんにします」
前年に教育長に就任した直後、市内の教員研修会で三幣教育長が宣言。会場はどよめきました。
「嫌な人は他市に行ってもらいます」
三幣教育長の強い信念のもと、栄養士や教師が一丸となって美味しいごはん給食に取り組んできました。
長い教師生活の中で学校給食を食べ続けてきた三幣教育長。しかし、40歳を迎えたころから、給食の献立に違和感を覚えるようになりました。
「年齢を重ねたこともありますが、油と砂糖だらけで徐々に胃が受け付けなくなってきました。それだけでなく、自分は“何人(なにじん)”なんだろうという疑問もわいてきて…食事とは文化であるはずですよね?」
冷えた薄切りの食パンを焼かずにジャムをつけて食べるときのわびしさ。「なんでこんなものを食べなくちゃいけないんだ?」。給食への疑義を感じ、校長時代は幾度も栄養士に「どうにかならないか」と注文しました。しかし、返答は必ず「私たちにはどうすることもできません」。そうした長年にわたっての蓄積されていた給食改革への思いがあったからこそ、教育長になって真っ先に取り組んだのです。
三幣教育長が最初に取り組んだのは「「主食改革」。「主食が変われば、おかずが変わる」と考えたからです。
そうして発表した“完全米飯給食宣言”。
市の議会では「子どもたちは給食を楽しみにしているのだから、子どもたちの意見を聞いたらどうか」という声もありました。しかし、三幣教育長は「子どもたちの意見は聞きません」と、ぴしゃり。「食に対する知識や経験は大人のほうがありますから、子どもたちにとって良かれと大人が思うものを提供します」。そう説明すると、議員たちは納得しました。また、パン業者は米の炊飯業者も兼ねていたため、パンを無くしても業者側は仕事を失わずに済んだのは幸いでした。市長は以前から伝統的な日本型食生活の大切さを市の広報で主張するなど、食に関して三幣教育長と近似の考えを持っていたほか、栄養士たちも非常に協力的に取り組んでくれました。
以前の給食では一部の保護者から「献立に『たこ焼き』や『アメリカンドッグ』が必要なのか疑問だ」と違和感を訴える投書も。そうした声にも応えた格好の完全米飯給食でしたが、ごはんが続くと別の一部の保護者からは「子どもが揚げパンを食べたがっている」「子どもがソフト麺を食べたがっている」といった電話もありました。
だからといって、三幣教育長の方針は決して揺らぎません。
「給食だけではありません。『子どもの意見が大事』と言って、大人たちはあらゆることに自信をなくしています。たしかに、子どもの意見を聞くことが大事な場面もあります。でも、大人の責任として、子どもにやらせなくてはならないこともあると思います。食に関して言えば、子どもが食べたいものであっても、食べさせてはいけないものもあります。人間は本能的に脂質と糖質と出汁の旨味に病み付きになりますから、大人の責任として、子どもにきちんとしたものを食べさせることはとても大事です。そして、最もふさわしいのが、和食であり、ごはんを主食とした食事なのです」
三幣教育長が見ているのは、「農産物としての食材」だけでなく「食文化も含めた食材」。だからこそ、米粉パンは登場しません。「要するにパンなので、おかずはパン食のときと変わらない」からです。
三幣教育長の食文化に対する思い、子どもたちの味覚形成や健康に対する思いは徹底しています。いくら地元の魚を使っていても、トマトソース煮込みやバターソテー、キムチ炒めといった油脂だらけの姿になって給食に出ると、栄養士に発想を変えるよう忠告することも。同市教育委員会の矢野哲司指導主事は、「教育長の決済をとってから献立を出すという時期もありました(笑)」と打ち明けます。今では栄養士たちを信頼しているという三幣教育長。献立の詳細までは見ないようにして、市内4カ所の給食センターそれぞれに任せています。
同市の献立は、単なる“栄養素計算”ではありません。子どもたちの嗜好に合わせたメニューでもありません。大人が「子どもたちに食べさせたい、伝えたい」と思う献立、地域の食材を利用した南房総市の気候風土を感じられる郷土の味です。ごはんが主食だからこそ、そうした給食が実現しています。
「栄養士さんたちからは『以前は日々の給食にずっと疑問を持ちながら作っていたけど、自信を持って子どもたちに提供できるようになった』という声も挙がっています」と三幣教育長。「今は献立づくりを楽しんでくれているようですよ」
(つづく)
南房総市の給食ー2
■ 「栄養素の帳尻合わせ給食」を廃止、ごはん主食で「地産地消給食」に
ごはん、けんちん汁、鯖の味噌煮、野菜炒め、牛乳、スイートポテト。千葉県南房総市のある日の学校給食の献立です。具沢山の味噌汁は、ゴボウの風味や豆腐に染み込んだ出汁の旨味が感じられる優しい味付け。鯖の味噌煮は、程よく甘じょっぱく、ごはんが進む味。食缶はあっという間に空っぽになりました。
南房総市では、2011年4月から、幼稚園、小・中学校で、完全米飯給食を実施しています。その献立は単なる“栄養素計算”ではありません。南房総市の完全米飯給食実現の立役者でもある三幣貞夫教育長は、例えば、小袋に入ったアーモンドフィッシュを献立に添えることに違和感を覚えると言います。
「1日のカロリーを計算して足りないものを補うために出されていましたが、それは止めるようにと栄養士たちに言いました」。
栄養素の数字だけを見た帳尻合わせのメニューは要らない。そうした考えから、現在では市内の給食センターが発行する多くの献立表には、「炭水化物」や「脂質」「ビタミン」などの数値が書かれた欄がありません。
「この献立表は保健所から栄養素を入れるよう、毎年注文をつけられています。でも、全部蹴っているんですよ(笑)。栄養士さんには『教育長がやらなくていいと言っている』と言ってくれと伝えています。1日に必要なカルシウム量は何グラムだとか、厳格にしなくていいと思っています」
その主張の根拠は、被験者あるいは動物に実験食を自由に選択させて嗜好性を調べる『カフェテリア実験』。「好きなものを毎日食べさせていても、何日か続けていると、必ず身体が欲するものを自然と摂るようになるのだそうです。ですから、人間が本来持っている力を信じればいいのです。1食1食を厳格に計算しても、所詮は1日のうちの3分の1の食事です」。また、厳密に栄養素を計算しても栄養士の自己満足に終わってしまいかねない、とも。「以前に栄養士の団体が出した統計が新聞に出ていたのですが、給食の食べ残しが3割、つまり7割を食べてもらえれば上出来だ、と。それを読んだときに、栄養士さんに尋ねました。『摂取カロリーは7掛けで計算しているのか』と。すると、『全部を食べたものとして計算しています』と言うのです。7割で上出来だと言いながら、カロリーは全部摂るものとして計算しているのはおかしいですよね?」
そこで、三幣教育長が提案したのが、「おいしい給食」。
「栄養は二の次でいい。と言っても、栄養士さんはプロですから栄養も考えると思います。でも、『細かいところまでいちいち計算しなくていいから、とにかく子どもたちが、美味しいと言って全部食べるような給食をまずは考えよう』と言いました」。そして、栄養士たちには、こんなたとえ話を伝えました。「関東の主婦でなく関西の主婦になりましょう。関東の主婦は献立を決めて買い物に行き、たとえその食材が高かろうがそれを買って帰る。でも、関西の主婦は、今日は何にしようと決めてから買い物に行くのではなく、安くて美味しい食材を選んで献立を決める。献立ありきでなく、南房総市にある食材から献立を考えてください。ジャガイモが旬ならば毎日ジャガイモを使って、献立を工夫してください」。
栄養士側も、糖質・脂質の多い給食や、食べ合わせを無視した給食に疑問に感じていたこともあり、スムーズに改善の方向に舵を切ることができました。
現在の献立表に、栄養素の数値の代わりに載っているのは、「給食ひとくちメモ」。例えば、「おでん」の日に書かれている「メモ」は、「だしと魚(練り物)のうまみで美味しく」。「赤魚麹漬け」の日は、「まろやかな塩みを感じられ、旨みも強くする働きがある」。「さつまいもの天ぷら」の日は、「さつまいもは収穫してから少しおくと、でんぷんが糖に変わって甘みが増す」。「のっぺい汁」の日は、「野菜のうまみを感じられ、とろみがあるので冷めにくく、冬場にぴったりな料理」…。素材を美味しく食べるための知識が詰まった、食欲がそそられる楽しい献立表です。
また、「メモ」には、「関西の主婦」の視点で集められた地元食材の説明書きも。「菜の花と刻み生姜は千倉産」「丸山産のかぼちゃを味噌汁に」「大根は白浜小5年生の皆さんが寒い中を一生懸命収穫してくれた」…。地域では年間26頭の捕鯨が認められていることから、クジラを使ったメニューも登場します。
完全米飯給食に付随した徹底した地産地消。栄養士をはじめとした教職員たちが生産者を訪ね回った努力の賜物です。三幣教育長は、地産地消の鍵は「米飯給食」だと言います。「ごはんになれば、おかずが変わる、という発想です。おかずが変われば、そのおかずは地産地消できる。要するに、パン食とかスパゲッティとか洋食の地産地消はなかなか難しいのです」
(つづく)
南房総市の給食ー3
千葉県南房総市では、市内の幼稚園、小・中学校で2011年4月から完全米飯給食を進めています。
三幣教育長の決断によって始まりましたが、当初は一部の保護者から「うちの子は揚げパンを食べたがっている」などといった内容の電話があったそうです。
そこで、南房総市の給食のおいしさを知ってもらう目的で始めたのが、「給食レストラン」。1食300円の実費で給食が味わえる試食会です。
始めたきっかけは、南房総市の米飯給食に対する教員たちの強い自負でした。
担当の矢野哲司指導主事は言います。「こんなに美味しい給食なのに、パンを出してもらいたいと言われてしまう。ならば、実際に食べてもらいたいなあと思いました。試食してもらうことで南房総市の給食はおいしいという意見があることを知ってもらいたかったのです」。
“レストラン”会場は市内の小中学校や公民館。平成24年の夏に試験的に行ったのを皮切りに、毎年の秋と冬に市内4カ所の給食センターがそれぞれ40?100食を提供しています。
三幣教育長によると、「地域のお年寄りや、翌年に小学校に入学するお子さんのお父さんお母さんたちも来てくれます」。大半の人は「とてもいい給食だ」という肯定的な意見が多く、「こういった給食を続けてもらいたい」と共感してもらえる意見が多いと言います。
また、米飯給食の良さを知ってもらうために、「南房総市日本一おいしいご飯給食」という本も約200万円の市の予算で2500冊出版しました。「この本は市外の人に買っていただくよりも、市民の方たちに読んでいただき、ご自身が住む南房総市の良さを理解していただきたいと思っています」と三幣教育長。昨年からは、成人式での祝い品として新成人に1冊ずつ配るなど、南房総市の食育は卒業生にまで広がっています。
本を開くと、稲作や、地域の特産品のビワの栽培、地域の漁港で水揚げされたクジラの解体見学、地域名産「大場ワカメ」養殖など、子どもたちの「自産自消」の食農教育の取り組みが紹介されています。そのほか、南房総市の気候風土の特色や、給食センター栄養士の思い、郷土食レシピも掲載。さらに、目を引くのは給食に農水産物を提供している生産者たちのページです。全国で「地産地消」の取り組みが推進されていますが、南房総市の地産地消給食は、生産者たちの協力はもちろん、栄養士をはじめとした教職員たちの努力の賜物によって実現されています。市内に8カ所ある道の駅や生産者のもとを駆け回り、給食への農水産物の提供を1件1件依頼してきたのです。
こうした南房総市の給食への取り組みの背後には、食育への思いだけでなく、地域活性化への思いがあります。
三幣教育長によると、市の人口の4割は65歳以上です。
「超高齢社会となっていて、市内では田畑の耕作放棄地も非常に増えています。高齢の生産者が1人で生産、出荷をすることは難しい面もあります。そこで、給食という販路をつくることによって、生産者が2、3人でカボチャの出荷チームを組んだり、ジャガイモの出荷チームを組んだりしていただいています」。
三幣教育長は、給食を「食育」として単体で捉えず、地域を学ぶ「南房総学」の一環として捉えていると言います。地域でとれるものを地域で食べる。風土を生かしたごはん給食を進めることによって、地域の活性化にもつながっているのです。
「たとえば、ドイツ人は国産のリンゴジュースを好んでいます。その最たる理由は、おいしいからでも安いからでもありません。『このリンゴジュースを飲まなかったら、あの美しいリンゴ畑がなくなってしまう』といった思いからなのだそうです。南房総市の田んぼは、秋になると黄金色に美しく色づきます。しかし、米づくりがされずに外来種のセイタカアワダチソウが青々と伸びている田んぼもあります。あの風景を美しいと思いますでしょうか?」
南房総市はさまざまな取り組みをしながら、米飯給食をすすめ、その良さを伝えようとしています。しかし、必ずしも、すべての市民に伝わっているわけではありません。給食レストランで給食を食べた30歳前後の若い母親の中には、それでも「揚げパンが食べたい」という感想を残す人も稀にいるそうです。
しかし、三幣教育長をはじめ、南房総市の給食の方針はぶれません。
「子どもたちの食べたいメニューの希望は聞き取りません。今の米飯給食を続けることで、子どもたちが30歳前後になって自分の子どもを持ったときには、『揚げパンを食べたい』というようなことは言わなくなるだろうと。いま米飯給食を食べている子どもたちが大人になったときには、食生活の現状が代わるだろうと信じています」(おわり)