栄養教育は変革を迫られる 

「バランスのとれた食生活」って何?
 大学の栄養学科に入学したのは40年も前になります。栄養学科を選んだのは成績の都合で、どんな勉強をするのかほとんど知りませんでした。入学してわずか半年で、カロリー計算など算数のような授業に興味を失います。東京に出てきたのはいいが何をやればわからなくなり、皿洗い、コックの見習いを始めます。今になってみれば、大学で勉強をしていたのは、「食品学」であって、「栄養学」ではなかった。本来の栄養学は数字だらけの無味乾燥なものではなく、非常に幅の広い面白い学問だと思います。大学は続けるべきか?辞めるとしても何をすればいいのか?そんなとき、冒険家の植村直己さんのことを知ります。なんと、北海道の本土最北端宗谷岬から最南端の鹿児島の佐多岬まで歩いたという話を耳にします。そうだ、私も真似をして歩いてみよう、そしてじっくり将来の事を考えてみようと考えたのです。休学する際、友人たちからは「そんなの歩けるものなのか?」、「大丈夫なのか?」かなり心配されました。私も、これまで一日にどれだけ歩いたのか、考えてみると数キロがやっとです。でも、走るわけではない。一年かけて亀のように進んでいけば、いずれ着くだろうと考えたのです。植村さんとは逆に、鹿児島の佐多岬から北海道の宗谷岬を目指して歩きました。結果、約3000キロを108日で歩き通すことになります。後で考えてみれば、大学を休学するまでもなかったと気づきます。よもや3か月で歩けるとは考えもしませんでした。
 たぶん?歩いたのは1975年前後だったと思います。日本にマクドナルドの一号店ができたのは1971年、セブンイレブンの一号店は1974年になります。つまり歩いた時期は、ファストフード、コンビニエンスストアが登場し始めた時代で地方にはまだなかったのです。今になってみれば、いい時代に歩いたことになります。随分、地方の「食」に出会いました。当時は深く考えませんでしたが、「バランスのとれた食生活」という言葉に疑問を持つ大きなきっかけになります。
 その後、紆余曲折があり、おそらく世界の40か国くらいを訪ねていると思います。中には、タカラマカン砂漠、標高4000メートルを越すブータンなどもありました。益々、バランスって何なのか?疑問が増してきました。


腸内細菌の働きを抜きにして「食」は語れない

 そこで出会ったのが、ロシアのノーベル医学、生理学賞を受賞したイリア・メチニコクの「不老長寿学説」でした。腸内細菌の重要性を指摘していたわけですが、医療の世界は病原微生物の発見と抗生物質開発の全盛期だったため、その後、腸内細菌の研究はあまり進みませんでした。そんな思いの中、三十年も前になると思います。当時、数少ない腸内細菌研究の第一人者光岡知足先生の『腸内細菌の話』(岩波新書)に出会います。
 本書の中に、パプアニューギニアの話が登場します。食べている物の90パーセント近くをサツマイモに頼る食生活をしています。そのような食生活で数百年、数千年生きてきたと言います。あきらかにタンパク質が欠乏してもいいはずです。それに対して光岡先生は、腸内細菌が空気中の窒素を利用してタンパク質を合成しているのではないか?と述べています。
 いわゆる「窒素固定」の話になります。ダイズなどのマメ科植物は土壌微生物である根粒菌と共生することにより大気中の窒素分子を固定し利用しています。光岡先生はパプアニューギニアの人たちはそれが行われているのではないかと述べているわけです。牛やヤギなどの反芻動物は大量の草を食べますが、それらを消化できるわけではありません。胃腸に棲息する腸内バクテリアが草類を発酵分解させることで利用されています。
 最近の研究で、パプアニューギニアの人たちには空気中の窒素からタンパク質を合成する腸内細菌が生息していることがわかっています。あるいは、私たち日本人には海藻を消化する腸内細菌がいることも明らかになっています。どうやら、腸内細菌叢は民族によってかなり異なるようです。これから益々、それがわかってくるのでしょう。私たちは栄養問題を考える際、口から入れる食品の栄養素しか考えてきませんでした。いや、今もほとんど変わりません。もしかしたら、私たちが生きていくために摂取している栄養素のかなりの部分を、腸内細菌が作りだしたものを利用している可能性があります。私は、口にする食品の栄養素を計算することは意味がないと言い続けてきました。それは腸内細菌の問題があったからです。腸内細菌の研究が進んだとき、これまでの栄養教育は根底から覆ることになるでしょう。
 そのことに確信も持つ、大きなきっかけになったのが自然農業の指導者チョー先生との出会いでした。土着微生物を活かす農業の実践です。その成果を目にしたとき、人間の腸内細菌叢の働きの大きさに疑いはなくなったのです。

栄養教育は大きな変革を迫られる

 町を歩いていると母親と娘さんが歩いている姿を目にすることがあります。なぜか?父親と息子が手を繋いで歩いているところを見たことがありません。
 それはともかく、その後ろ姿を見ると、極端に言えばゴリラとチンパンジーが歩いているように見えることがあります。娘さんはお母さんより頭一つ大きいのです。その娘さんが将来、子どもを産んだら、また頭一つ大きくなるのだろうか?もしそうなったら、数世代後には日本中、2メートルを越す女性だらけになるという話になってしまいます。日本の長い歴の中で、これほど親と子の伸長が変わってことはありません。
 これは世界のほとんどの国で起こっている現象のようです。なせなのか?色々な珍説を目にすることがあります。「タンパク質をたくさん取るようになったからだ」、あるいは「牛乳を飲むようになったからだ」。もしそうだとしたら、かつて肉を主食にしていたイヌイット(エスキモー)の人たちはどうなのか?砂漠で乳製品を主食にしてきたベトウイン族はどうなのか?両方とも小柄な民族です。あるいは、洋式生活(畳に座る生活から椅子、テーブル)などという説もありました。しかし、欧米の人たちも大きくなっていますが、昔から洋式生活だったことは変わっていません。あまり納得できる説に出会ったことがありません。そんな折、出会ったのが『失われゆく、我々の内なる細菌』(マーテイン・J・ブレイザー著・みすず書房)です。詳細は除くとして、成長期の抗生物質の使用が伸長を伸ばしてると述べているのではないかと述べています。私はさまざまな説の中でもっとも納得できる説だと考えました。なぜなら、畜産の世界ではすでに証明された話だからです。畜産の世界では成長を促進させるために、抗生物質が使われていることは常識です。早く成長させれば、それだけ飼料、飼育日数を短縮することができるためです。
 私などのように「食」にかかわる仕事をしている人間が、もう少し農業(植物栽培や畜産など)に目を向けていたら、腸内細菌の働きを抜きにして栄養問題は語れないことに気づいたはずなのです。腸内細菌の研究は医療に変革をもたらすだけではなく、栄養教育にも変革をもたらすことは明らかだと思っています。土着微生物を活かす自然農業の考え方と実践は、人体における腸内細菌叢の働きを考える大きなヒントになると考えています。今回のセミナーの意味はそこにもあります。 

医(食)は農に学べ(2017.7.9)

               

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