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医(食)は農に学べ


 土着微生物を活かした自然農業は、植物よりも養鶏や養豚などの家畜ほど効果が分かりやすいと言う。
私が生まれた茨城県は干しいもが有名だ。鹿児島はいも焼酎が有名。サツマイモの生産が多いところほど養豚が盛んだ。子どものころ、近所ではたくさん豚が飼育されていた。近くを通ると、豚舎のすさまじい匂いがしたものである。それが普通だと思っていた。ところが土着菌微生物を活かした養豚場はほとんど匂いがしないと言う。まさに、豚舎が臭いのはそこに繁殖している微生物(腐敗菌など)の問題だと言うことがわかる。また、自然養豚で生産された豚の肉質は市販の物とは比較にならないほど美味しいと言う。健康な豚が育っていると言うことだ。臭くない養豚、良質の肉の生産と土着菌微生物の関係は、そのまま人間と腸内細菌叢の関係そのものである。

 

 


土着微生物を活かした自然養豚
                                                                        姫野祐子(日本自然農業協会 事務局長)

豚が喜ぶ環境作り

 「ふん尿の処理だけならお金をかければできるかもしれませんが、臭いだけはいくらお金をかけても解決できません。これが出来るのは自然養豚だけです」本誌平成一五年十二月号でも紹介された熊本県の山下守さんは断言する。自然養豚の取り組みでふん尿処理の問題が解決しただけでなく臭いがなくなった事が一番うれしいというわけである。しかし臭いがなくなって喜んでいるのは、そこで暮らす豚たちではなかろうか。本来豚は人間以上にきれい好きと言われている。ストレスのない、豚が喜ぶ環境を作って、健康に育てるのが自然養豚の目的だ。
 十一月から始まる所謂「家畜排せつ物法」では今まで黙認されてきたふん尿の「野積み」や「す掘り」が禁止される。県や保健所の勧告を無視して違反行為を続けると罰金が科せられるというが、建屋がない場合はシートを掛ける事でもクリアできる事となっており、決して厳しい内容とは言えない。しかし今後環境を守る事は必須であり、間に合わせの対策ではなく誰が見ても納得できる豚舎環境を作る必要があるだろう。
 「家畜排せつ物法」のもう一つの柱は、堆肥を生産して、地域での活用促進を図る事となっている。ただオガクズを混ぜて積んでおいただけの堆肥では耕種農家の利用は進まない。良い堆肥を作ってこそ、畑や田んぼで活かされ、地域で喜ばれる存在としての養豚農家になれるのではないだろうか。土着微生物を活かした養豚ではこれらを一挙に解決する。
 
土着微生物を活かした発酵床  
 自然養豚の一番の特徴は土着微生物を活かした発酵床だろう。ふん尿はここで処理され、外には出さない。自然農業ではふん尿は処理の対象ではなく「宝」だ。従来のオガクズ豚舎はふん尿を滲みこませて限度が来たら全部掻き出して、また新しいオガクズを投入する|オールイン・オールアウト方式だ。しかし自然養豚では掻き出さない。古くなった床の方がかえって良い発酵床となっている。ぬかみそ漬けと同じ原理だ。
 豚舎は九〇~一〇〇センチ掘り下げる。敷地の条件により、半分掘り下げ、半分床を上げる所もあるが、発酵床自体の深さは一メートル必要だ。実際に発酵して土のようになっている部分は表面から四、五〇センチしかない。掘り返して見るとまっさらのオガクズが出てくる。しかしこの下の部分が空気を含んで存在している事で、良い発酵を保つ役割をしている。また、突然大雨が降り込んだ時などにも対処できる余裕の部分でもあり、重要だ。オガクズの入手が困難な場合は、間伐材や剪定枝のチップを混合しても良い。下部には椎茸の廃木などを敷いて上げ底にしても良い。
 床材はオガクズ一〇に対して地域の土と土着微生物元種を混合したものを一の割合で入れる。それに自然塩を〇・三%加える。これがオガクズの分解を進め、自然塩に含まれる豊富なミネラルが微生物を活性化する。精製塩では大事なミネラルがほとんどないので良くない。
 こうして準備した床に豚が糞尿をすると発酵が始まる。エサである有機物と水分が加わったからだ。発酵が始まると温度が上がるので微生物は益々繁殖する。豚が動き回ったり、ほじくり返したりするので、自然に切り返されて酸素が補給される。微生物は環境で育つので、人間は微生物が好む環境を整えてやればいい。
 豚は発酵床を食べるので豚の腸内でも多様な土着微生物働くようになる。豊かな腸内微生物が胃腸を丈夫にし、健康な豚にしてくれる。山下さんはエサの中にも土着微生物の元種を一%入れている。

多様な微生物群が病気を抑制  
 なぜ土着微生物が良いのか。市販の菌は温度や湿度が一定の条件の所で純粋培養されたものなので、一定の条件下でしか働かない。土着微生物は昔からその地域の気候風土に合ったものが生息しているので、台風や干ばつ、異常気象など悪条件でも強い。
 また土着微生物は多様な微生物群なので、何かの条件で病原菌と呼ばれるる微生物が急に増えそうになっても、別の微生物が働いてそれらを抑制する。多様というのは、酵母菌や麹菌、乳酸菌、放線菌などの種類の多様性はもちろん、同じ乳酸菌でも多様な乳酸菌がいるので、あらゆる場面においてそれぞれが力を発揮して抑制してくれるという意味でもある。実際に市販の菌と比較してみればその力の違いはわかると思う。豚舎においても微生物の働きが鈍くなる冬場でも、床を掘り起こせば水蒸気が湧き上がるほど発酵している。上は冷たい風にさらされてもお腹が温かいので心配ない。零下二十五度の極寒の中国でも豚は床にもぐって元気だ。
 発酵床が出来るまでは、トイレ部分と乾燥部分を混ぜたりして水分調節をしてやる必要がある。また、冬場は微生物の働きも鈍くなるので、床の管理に気をつける必要がある。それでもドブドブになった部分は一旦外に出して、土や土着微生物を加え整えてから戻してやると良い。豚は発酵床を食べるので床は沈んでいく。出荷したら前記の床材を作ってまたつぎ足す。
 またこの発酵床から取り出した堆肥は土着微生物の豊富な極上の堆肥になっているので、畑や田んぼに使用すると健康でおいしい野菜や果物、米が採れる。地域の耕種農家に喜んで買ってもらっている人も多い。
 韓国済州島のある自然農業の柑橘農家では豚を出荷した後、豚舎内に米ぬかや魚粉など材料を持ち込み、そこでボカシ肥を作っていた。味の良い無農薬みかんの生産に成功していたが、これこそ有畜複合経営の良さではないだろうか。

自然の理を活かした構造  
 自然農業は韓国の趙漢珪氏((社)韓国自然農業協会名誉会長)が提唱し、韓国では現在一万五千人の会員が取り組んでいる。日本では趙漢珪先生指導のもと十年前から取り組みが始まった。土着微生物という言葉も趙先生から始まったものである。
自然農業の豚舎は自然の理を活かした構造になっている。まず屋根は天窓があってトタンで出来ているので太陽光線が当たるとすぐ熱くなる。普通はそれで断熱材を入れたりするが、逆にその熱伝導が早い事を利用する。屋根が熱くなるとすぐ下の空気も熱くなる。熱い空気は軽いので、天窓から抜けていく。前後の脇も基本的にカーテンは開いているので、今度は外からの空気が引っ張られて豚舎内に入って来る。この対流が常に起こっているので豚はいつも新鮮な空気が吸えるわけだ。また空気と共に湿気も飛ばすので床は乾燥する。屋根の形は流線型で強風にも強い構造になっている。
 豚舎は東西に建てられ、開放型なので一日の太陽の動きで太陽光線が豚舎の隅々まで行き渡る。太陽熱消毒ほど良いものはない。舎内に日向と日陰とが出来るので、豚は日向で土浴びをしたり、日陰で休んだりできる。床の微生物の発酵にとってもこのバランスが重要だ。
 さらに自然養豚では胃腸の丈夫な豚にするために、子豚の時から粗飼料や青草をたっぷり食べさせたり、制限給餌を行う。丈夫な胃腸と土着微生物による豊かな腸内微生物でしっかり消化吸収されるので、出てくる糞は臭いが少ない。
 この様に自然養豚では床の土着微生物の働きだけでなく、総合的な作用が相乗効果をもたらして、臭いのしない環境を作り出し、健康な豚を育てることができるのである。


積み上げ式でも効果  
 自然農業式の豚舎を建てるのが理想だが、今あるコンクリートの床に発酵床を積み上げる方式でも効果を上げている。豚舎の構造のより一〇センチくらいの所もあれば、五〇センチくらいの所もある。
 鹿児島県樋脇町の高原篤志さんは八年前から積み上げ式でやってきた。豚房の周りにガードレールや竹で囲いを作り、四〇~五〇センチ積み上げている。高原さんは人参酵素に土着微生物を混合して土こうじを作り発酵床を作っている。肥育舎はすべてこの方式なので、ふん尿は三分の一に減った。分娩舎のすのこの下は自家製乳酸菌を薄めて散布している。エサにも二〇%土こうじを入れているので、堆肥もあまり臭わない。さらに土こうじを入れて発酵させ、極上堆肥として販売している。土着微生物の活用で高原さんの豚は上物率九〇%だ。
 熊本の山下さんの話を聞いて、エサに土着微生物を一%入れたある養豚農家(母豚二五〇頭一貫経営)はそれにより抗生物質の使用が毎月六十万円掛かっていたのが二十万円に減らせたそうだ。経費削減として大きいが豚が健康に育つ事が農家にとって一番の喜びだ。
 豚価の低迷が続く中、生き残っていくには、生産費を下げて、上質の豚肉を生産し、安全で環境を守っている事を消費者にアピールできる飼育をして、安定した取引先を掴んで行くしかないのではないだろうか。それには細やかな手がかけられる規模の小さい家族経営にこそ可能性があると思う。
(月刊誌『プリ』日本自然農業協会発行より)


 

医(食)は農に学べ(2017.7.9)

               

おっぱいを飲む元気な子豚たち

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