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「糞便移植療法」は医(食)に変革を促す 


 ノーベル医学・生理学賞を受賞したロシアの動物学者、イリア・メチニコフ(1845-1916年)の『不老長寿学説』に出会ったのは40年も前になる。メチニコフは老化の研究から、「大腸内の細菌が作り出す腐敗物質こそが老化の原因であり、大腸に棲む微生物を変えれば寿命を伸ばせる」と提唱した。メチニコフはブルガリアには100歳を超える人が多く、そこではヨーグルトとケフィアが食卓に欠かせないことを知る。有限実行、メチニコフは71歳で亡くなるまでケフィアを飲み続ける。そのことが、世界中にヨーグルトブームを巻き起こすきっかけになる。だが、メチニコフが亡くなってから間もなく、ヨーグルトに含まれる乳酸菌は生きて胃を通過できないという研究結果が出る。また、当時は抗生物質の幕開けの時代でもあった。そのため、腸内細菌の研究は下火になってしまう。
 また、抗生物質やワクチンは病原性細菌を特定することで開発されてきた。そのことで多くの伝染病が克服され、企業には莫大な利益をもたらしてきた。
 その後、肥満や糖尿病、アレルギー疾患、MRSAなど、従来の医療では治りにくい慢性疾患の増加に伴い、再び、腸内細菌の重要性が見直されるようになってくる。そのため、「腸内をきれいにする○○菌」、あるいは「腸まで届く○○菌」などのコマーシャルが出てくるようになった。乳業メーカーや製薬会社は、抗生物質の開発で利益をあげた夢を追い求め、魔法の○○菌を探している。菌脈ではなく、「金脈」を探している。本当に○○菌が腸まで届き、腸で繁殖するなら一度口にすればいいという話になる。毎日とる必要があるというところに疑問がある。
 そんなとき耳にしたのが「糞便移植療法」だった。健康な人の便を生理食塩水で溶かし、フィルターでろ過し、内視鏡などで腸に入れるという極めてシンプルなものだ。これを耳にした瞬間、これは大変な出来事が始まったと直感した。
 最大の理由は、便から有用な細菌を取り出し、培養したものを移植するのではなく、「便(腸内細菌叢)」そのものを移植するというところにある。この療法を実施するのに高度な設備やテクニックは必要ない。そのため、すでに世界中から臨床報告が出されている。主に消化器系疾患が多いが、極めて難しい疾患が完治した例も少なくない。そのため、日本の大学病院でもすでに実施されているし、国内の民間病院でも始まっている。最先端の世界の研究者の狙いは、消化器系の疾患だけではなく肥満や糖尿病、アレルギー疾患、自閉症なども視野に入っている。

腸内細菌と土着菌微生物

 

 「糞便移植療法」を耳にした際、これは医療に大きな変革をもたらすだろうと考えた。その理由は、韓国の自然農業の指導者、趙漢珪(チョー・ハンギュ)先生の考え方と実践を目にしていたからである。趙先生の書かれた『土着微生物を活かす』(農文協)を読み、先生の主催する講習会や実践する生産者も訪ねさせていただき韓国にも行かせていただいた。あくまでも農業を中心とした講習会なのだが、私には「医療」や「健康」の話に聞こえた。
 趙漢珪先生の提唱する自然農業の最大の特徴は、土着微生物を活かすことにある。

 

―自然農業は自然の摂理に従って、生命力のある農産物を生産する。そのために、生命力がある土づくりをする。土づくりの基本として、その地域にもともとある微生物群を利用する。自然農業では、この微生物群を土着微生物と呼び、自家採取し、培養し、畑や田んぼ、畜舎に活かす。―
―土着微生物は、人間よりはるかに昔からその地域に棲みついたものである。微生物は環境のもとに生きている。すなわち、その地域の気候や環境に合ったものだけが棲みついてきたのだ。したがって非常に強い―
(『はじめよう!自然農業』姫野祐子編・趙漢珪監修)

 具体的には、竹藪や山林の中に、ごはんの入った弁当箱を置き、そこに生息している微生物が繁殖するのを待つ。当然、そこで繁殖する微生物は地域によって異なる。そこに手を加え増殖させて、植物や家畜に使うというものだ。それでたくさんの実績を上げている。
 農業資材にもさまざまな微生物を使ったものがあるが、それを購入するのではなく地元に生息する微生物群、まさに細菌叢(フローラ)を利用することに最大の特徴がある。土着微生物という言葉を、腸内細菌叢(フローラ)と言い代えれば、すでに自然農業では、糞便移植療法が実践され、たくさんの実績を上げているとも言える。
 『土と内臓』(築地書館)の中で、ワシントン大学のデイビット・モンゴメリーは次のように述べている。
―何世紀にもわたり、園芸家や農家は、足元に何が起きているのか完全にわかっていないにもかかわらず、堆肥、畜糞、有機栄養源を使って健康な植物を育て、収穫量を増やし土壌肥沃度を増やしてきた―
 「土着菌微生物」を活かすための農業の考え方と実践は、人体と腸内細菌叢を理解するための大きな一助になる。生差者やガーデニングをしている人にとっては直接参考になる話が聞けるだろう。だが、それだけではない、「医療」、「食」、あるいは「育児」、「教育」を考える上でも学べるものになると考えている。

医(食)は農に学べ(2017.7.9)

               

趙漢珪(チョー・ハンギュ)先生

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