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学校給食の裏面史

学校給食の裏面史 「アメリカ小麦戦略 No.13」(前編)     

鈴木猛夫
 

   終戦後の食糧難時代にはアメリカの善意による小麦、脱脂粉乳などの食糧援助によって、そして昭和30年代になるとアメリカ小麦戦略によって、学校給食ではパンと牛乳が定番となり、今日まで続いている。
  戦後、牛乳の普及に特に熱心だった香川栄養大学の創立者、香川綾先生は著書「栄養学と私の半世紀」の中で「昭和22年から学校給食が始まると、牛乳(当時は脱脂粉乳)が著しい栄養効果を上げていた・・・。その頃、私も各地の学校を見て回りましたが、一年前にはおできが出来ていた子、栄養失調で立っていることもできなかった子などが、見違えるほど元気に成長していました。それで良質のタンパク質を含むものとして、ぜひ牛乳を日本人の食事に加えたいと思いました。しかし、まだ牛乳や乳製品は日本人になじみが浅かったので、(五つの食品群の中の)第一群にしてこれを強調した食事法にしました」と戦後いち早く牛乳を奨励した。(当時は五つの食品群の考えが一部にあった。昭和33年厚生省は「六つの基礎食品」を提唱した。香川栄養大では現在独自の四群点数法を提唱、その第一群に牛乳を入れ普及に努力してきた)
 香川先生に限らず戦後の栄養関係者は一様に「日本人になじみの浅かった」牛乳を普及させるのに一生懸命だった。そのおかげで今では牛乳は「良質な蛋白質」「カルシウムの補給に最適」果ては「完全栄養食品」などという牛乳神話が定着した。学校給食で子供のうちから飲まされ、牛乳の栄養効果が徹底して教育されてきた。しかし実際には牛乳の栄養効果に対する疑問の声が現代栄養学者の間で少なからず起きているのに、マスコミで報道されることは少なく、利点だけが一方的に大きな声で宣伝されるので、牛乳神話は揺るぎそうにない。 

 
  (おむすび通信No.13より抜粋)

 

学校給食の裏面史 「アメリカ小麦戦略 No.13」(後編)     

鈴木猛夫
 

   ところで日本の食文化を大きく破壊するのに「貢献」してきた日本マクドナルドの藤田会長は「12歳までに食べたものが一生の食生活を決める。だからそれまでにマクドナルドの味を覚えてもらう。そうすれば大人になってもマクドナルドのハンバーグを食べ続けてくれる」と豪語し、息の長い戦略を披瀝している。確かに味覚形成時期である子供の時に覚えた味は一生忘れず、大人になってもその食品を食べ続けてくれるものである。そこを熟知しているからこその戦略である。それだけに子供の時の食生活が大事で、親はしっかりと子供にハンバーグではなく、ご飯と味噌汁の味を覚えてもらうべきなのだ。昔は親から子へ、子から孫へと「お袋の味」を伝えていったものである。今はそんな味は消えつつあり、スーパーで袋入りの食材を買ってきて皿に盛り付けるだけという「袋の味」になってしまった。そんなことで望ましい食教育が出来るとは到底思えない。しかし戦後の長い間、学校給食はマクドナルドと同じ路線を走ってきたのである。
  大事な味覚形成時期に学校給食でパンとミルクに卵、肉類、油料理という洋食の味に慣れ親しんできた子供たちは今、社会の中枢にいて欧米型食生活に何の疑問も感じていない。アメリカ小麦戦略が日本で予想以上の成功をおさめたのはこれまでの連載からも分かるように、当時の日本側栄養関係者の欧米型食生活礼賛とアメリカの緻密な対日戦略にあったが、その中でも学校給食にパンとミルクの食糧援助を続け、子供たちに洋食の味を覚えさせたことが大きな原因だったと思う。それはまさにマクドナルド商法とも言えるものであろう。
  戦後の栄養関係者は一貫してその役割の多くを担い、子供たちのみならず日本人全体の食生活を根底からおかしくするのに一生懸命活動してきた。戦後の食生活がここまでおかしくなった理由を自覚しないと正しい食生活の改善は出来ないのではないか。日本の伝統的な食生活の良さを学校給食を通じて子供たちに伝えていくことこそ今最も求められていることではないだろうか。 

 
  (おむすび通信No.13より抜粋)

 
 

 

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