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子どもの口に何が起きているのか

第1回 口腔周囲の発育不全

                益田歯科医院院長 益田英明

 

 

 近年、子供を取り巻く生活環境、社会環境は、大きく変化しました。それに伴い子供の口の中に異変が起きています。噛めない子、噛まない子、上手く飲み込めない子、口を開けた子(口呼吸)などの問題が、指摘されています。子供の口に何が起きているのか考えてみたいと思います。


永久歯の萌出順序の変化
 歯の生える順序が、変わりました。従来、最初に生える永久歯は、第一大臼歯(6歳臼歯)でした。6歳臼歯は、6~7歳頃に乳臼歯の後ろに生える永久歯の中で最も大きな歯で咀嚼(そしゃく)の中心になる重要な歯です。咀嚼の中心になる歯が、最初に生えると言う事は、栄養の点でも理にかなった事だと思います。1961年の調査では、約8割の子供が最初に6歳臼歯が生えてきました。残りの2割は、最初に下顎中切歯(下の前歯)が生えるといった状況でした。それが、1982年の調査では、最初に6歳臼歯の生える子供が約半数に減り、さらに現在は、約4割という状況です。遂に前歯が先に生える子供の方が多くなってしまいました。歯の生える順序が逆になったのです。
 歯は、咀嚼によって萌出が促されます。したがって咀嚼回数の減少が、原因と思われますが、食品を固くすれば解決するといった単純な問題ではなく、乳児期さらには胎児期にさかのぼる問題で生活習慣や躾の問題とも関連する非常に難しい問題なのです。


歯列不正の増加
 歯列不正の様相が、変化したように感じます。近年、特徴的なのは、過蓋咬合(噛み合わせの深い)の増加です。(写真左)上下の歯を噛み合わせた時に下の前歯があまり見えない噛み合わせです。私が、学生の時には、乳歯の正常咬合は、切端咬合(写真右)と習いましたが、近年は、非常に少なくなりました。ほとんどの子供が程度の差こそあれ、噛み合わせが深いのです。口腔周囲の発育が悪いと過蓋咬合になるケースが多く、近年、乳歯列に多く見られます。咀嚼しないと噛み合わせは深くなり、噛み合わせが深いと咀嚼しにくいという悪循環が起こります。
 噛み合わせが深いと顎の発育が悪いことが多く、永久歯に生え変わるときに叢生(凸凹)になるケースが多いようです。乳歯の切端咬合(正常咬合)の子供は、前歯の間に隙間(発育空隙)が、見られます。発育空隙は、永久歯が生えるのに必要なスペースです。
 過蓋咬合には、下顎の後退(顎が関節の後方に位置する状態)が、見られます。顎骨が狭く下顎が後退し噛み合わせが深いという歯列は、近年の子供に多く似られますが、噛まない事による発育不全の特徴です。


口呼吸の増加
 口を開けた子供が、増えています。口腔周囲の筋肉(口輪筋や頬筋)が弱く、口元に締りがないのです。舌の力も弱いようです。鼻閉が原因の場合もありますが、そうでなくても口を開いた子供が多くいます。鼻呼吸であれば、細菌やウイルスが侵入した場合、鼻腔の繊毛や扁桃がフィルターの役割をしますが、口呼吸は、フィルターの機能がなく、異物が、直接体内に侵入するため全身の免疫にも良くありません。また口呼吸の子供は、姿勢が悪く脱力しています。さらに呼吸は、咀嚼と同様に顔の発育に深く関係しており、口呼吸は、口腔周囲の発育に悪影響を及ぼします。
 近年、子供の口腔にみられる特徴的な事を取り上げましたが、使わない事による発育不全に起因するもののようです。経管栄養で咀嚼できない重度障害児の口腔に似た状況が、健常児にも起きているのです。どうしてこのような子供が増えているのでしょうか?次回は、原因について考えてみたいと思います。                 (つづく)

 

益田 英明
1961年 岐阜県生まれ、1985年 大阪歯科大学卒業
同年  大阪歯科大学矯正学教室
1989年 岐阜県高山市に益田歯科医院開設

 

第2回 口腔の発育不全の原因

                     

 発育不全の原因は、乳児期にまで遡ります。この時期に育まれるべき口腔の基礎体力の有無が、永久歯列まで影響するのです。咀嚼は、乳児期からの訓練により徐々に身に付けていくのです。そして歯並びや顎の発育の方向性は、3歳頃までに決まると言われています。また、6歳頃までに背筋を伸ばした生活習慣を身に着けていなければ、骨格に悪影響が出ます。姿勢が悪ければ集中力もなく長時間座っている事も困難です。


 一般的に幼児が、最初に歯科検診を受けるのは、1歳6か月だと思います。1歳6か月児には、むし歯は、ほとんどありません。歯の生え方も前歯しかない子から奥歯の生えている子まで様々です。しかし、ここでも異変が起きています。すでに歯並びの悪い子がいるのです。乳歯は、何もないところに歯が生えるので叢生が起きにくいはずなのですが、生えたばかりで既に歯並びが悪いのです。
 新生児の顎の大きさに関する調査によると、近年、顎の発育が十分でない新生児の割合が増えているとの報告があります。顎の発育不全は、胎児の時から始まっているのです。
胎児は、母親のお腹の中で羊水を飲んだり、自分の指や手を吸って母乳を飲む訓練をしています。出生時に顎が小さくなっているのは、その訓練が不十分なのでしょう。羊水の栄養交換は、母親が歩行する度に循環血液でまかなわれます。羊水の質が良くないと、胎児はしっかり嚥下しない可能性があります。車社会で母親が歩かないと、胎盤と子宮壁の栄養交換が十分行われません。妊娠中から食生活に注意をするとともに、歩くことも必要なのです。

授乳期からの問題
 授乳によって赤ちゃんは、飲み込む力や噛む力の基礎体力をつけます。特に母乳の場合,乳首を口の奥深くくわえて吸う事によって、顎を前後左右に動かす筋肉を鍛えます。この筋肉の働きが十分でないと将来の咀嚼運動がうまくいかない可能性があります。近年、多くみられる過蓋咬合(噛み合わせの深い子供)の増加にも関連するのではと考えています。
発育に「飛び級はない」と言われます。また、ドミノ倒しにも例えられます。つまり早く進むことも後に戻ってやり直す事も出来ません。月齢にとらわれて無理に離乳食を始めたり、無理に立たせたり、歩かせたりすることは、発育にとって必要なステップを飛ばしている可能性があるのです。近年、ハイハイしないで立ってしまう赤ちゃんが多いようですが、ハイハイは発育にとって非常に重要なステップで、立つための股関節の受け皿を作り、また頸椎の前腕を作るステップなのです。急いで無理に次の段階に進むと機能的に問題が出たり、骨格に歪が出るのです。そして骨格の歪は、すべて歯列に現れます。あわてず基礎体力をしっかりつけていれば後から追いつくことは可能ですが、飛び級した場合は、後が大変なのです。

 

「離乳の基本」の是非
 離乳食に関しては、厚労省からガイドラインが出ていますが、近年離乳食の開始が早過ぎるのでは、との意見もあります。口腔の発育にはかなりの個人差があります。月齢よりも、飲み込む力などを含めた口腔の機能(筋力)を考えるべきなのです。まず母乳で飲み込む力を十分つけていれば、離乳食の開始は、お座りができて食に興味が出てからでも遅くはありません。また食品を必要以上に細かく、軟らかくするのは、本来持っている発育を妨げるとの指摘もあります。野生の哺乳動物は、どうでしょう?母乳の後は、すぐ親が食べているものを食べるのです。それでも歯並びの悪い動物などいません。ところがヒトの場合は、5~6か月から、ドロドロした離乳初期食を口に流し込み歯並びの悪い子供が増加しているのです。昔は、離乳初期食などありませんでした。大人の食事から食べられそうなものを食べさせていたのです。顎は、使わなければ発育しません。子供の発育にとって、手のかけすぎは良くないように感じます。手をかけすぎて歯並びの悪い子が増えているのです。まずは、母乳で飲み込む力と口腔の筋肉を十分つける事が重要で、飲み込む力がないのに離乳を急いではいけないのです。             (つづく)

第3回「口腔の発育のために」

子供らしい生活
 外で遊ぶ子供が少なくなりました。最近の社会環境では、仕方のないことなのかもしれません。しかし、身体は動かさなければ正しい発育をしません。子供が身体を動かすことは、とても重要なのです。
 外で遊んで、お腹を空かせて家に帰り、しっかりご飯を食べる。昔なら当たり前の生活がなくなったのではないでしょうか。家でお菓子を食べ、ジュースを飲みながらTVゲームなどで遊んでいては、夕食の時間にお腹が空いていません。近年の噛まない子の増加は、そういった事も原因ではとの指摘もあります。飽食の時代でお腹が、空いていなければ、良く噛む以前の問題で、食欲も出ないのです。
 体を動かすといっても激しい運動は、必要ありません。激しい運動は、発育中の子供には、有害な場合もあります。歩く事が、発育には一番良いのです。あるいは家のお手伝いでも良いでしょう。むしろ家のお手伝いのような日常的な動きの方が、身体には良いとの意見もあります。子供は大切とはいえ、お客さんではありません。子供の将来や健全な発育を考えるなら、身体を動かさせる工夫が必要では、と思います。何もさせない事が、子供を不健康にしているのです。


姿勢と躾
 口を開けている子供が増えています。「ポカン口」と言って、数年前に話題になりました。現在、口を開けている子供を探すのは、難しくありません。これは、舌を含めた口腔周囲の筋肉の発育不全、機能不全が原因ですが、口だけでなく、全身が脱力した子供が非常に多いのです。
 咀嚼は、単なる下顎の開閉運動ではありません。上顎は、頭蓋骨の一部なので咀嚼するには、重い頭蓋骨を支える必要があります。頭蓋骨を支えるのは頸椎で、咀嚼運動は、頸椎を支点とし、多くの筋肉が動きます。したがって姿勢が悪く脱力していては、力が入らないだけでなく、正しい顎の動きにはなりません。
 また最近は、口を開けたまま咀嚼する子供も増加しています。このような子供は、嚥下の際も口を開けたままの場合があります。幼児性の嚥下を残したままなのです。正しい嚥下を学ばずに発育してしまったのです。
 私が子供のころは、食事中に姿勢や行儀が悪いと叱られたものですが、近年、子供の姿勢や行儀の悪さを叱る親がどれくらいいるのでしょうか?私は、家庭での教育は、もはや困難なのではと思っています。なぜなら、親の世代も既に姿勢が悪い世代なのです。これからは、学校での教育が、さらに重要になるのではないでしょうか。そして、子供が変わる事で、家庭が変わることを期待します。


咀嚼回数増加のために
 咀嚼回数の減少などにより、子供の口に色々な異変が起きていることを述べてきました。咀嚼回数は、食品だけの問題ではなく、増加させるには必要な条件があります。食べ物を固くしても、最近の子供は噛んでくれません。噛める身体ではないのです。
 咀嚼回数を増加させるためには、①背筋を伸ばし良い姿勢で食べる。②唇を閉じて食べる。③食事中に水分を取らない。この3つ位は、必ず守ってほしいものです。しかし近年の子供たちは、この3つさえも困難な子が多いのです。
 食事中に水や牛乳を飲むことは、噛まずに流し込む食べ方になり、非常に問題です。近年、流し込み食べの子供は多いようです。噛まないと唾液腺も発育せず、唾液の出が悪くなるので、悪循環です。飲み物で口を潤しながらの食事は、唾液が出なくなった老人と同じです。またテレビを見ながらの食事もよくありません。咀嚼回数も増えませんし、テレビの位置で、顎の発育に左右差がでます。そして咀嚼回数を増やすには、やはり、和食が優れています。口腔周囲の筋の弱い子供の場合、軟らかいものでも回数を噛むよう心掛けることが大切です。そして顔の発育には、口を閉じた鼻からの呼吸も不可欠です。
 私は、田舎の開業医です。今まで沢山の先生方に教えて頂いた事や、臨床で子供たちを診て感じた事を纏めてみました。近年、子供たちの口腔にみられる変化は、由々しき問題です。欧米化した食生活やライフスタイルを見直す必要がありそうです。                (おわり)

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