コラム

『明日への選択』聞き書き連載

「糖質オフ」に騙されるな

 

【第1回-1】糖質制限食とは何か  

 

 昼食に入った飲食店で、トンカツ定食や唐揚げ定食を注文している人が「ごはん少な目で」と言う光景を目にしたことがないだろうか? 以前はそんな油っこい食べ物を頼むときは「ごはん大盛り!」という声を聞くことが多かったが、最近はそうではないのである。夜の飲み会でも、シメといえば、お茶漬けや焼きおにぎりが定番だったが、最近は「糖質オフだから、ごはん系はやめておく」と言う人が結構いる。

 「何かおかしい」と思って調べてみると、「糖質オフ」「糖質制限」はいまや健康志向の代名詞らしく、「ごはんを食べる=太る=健康に悪い」と漠然と思い込んでいる人が少なくないようである。その背景には、いったい何があるのか。

 一方、日本人の一人あたりの米消費量は長期減少傾向にあり、今では年に米一俵も食べなくなっている。ただでさえそのような中で、「糖質制限」という名の「ごはん敬遠」の空気が社会に蔓延してしまえば、衰退著しい日本の稲作や農村景観はいったいどうなってしまうのか。

 そんな懸念から、管理栄養士で、『世にも恐ろしい「糖質制限食ダイエット」』の著者、幕内秀夫氏に取材を申し込んだ。「ごはん敬遠」の背後に見え隠れする糖質制限食の正体とともに、ごはん食・水田という「米の文化」の価値、さらには未だ誰も気付いていない「食の工業化」という新たな問題についてお話いただいた。(全五回予定)

 

糖質制限食は糖尿病患者のための食事

 

 ―― 最初に、なぜ今、糖質制限食が注目されているのか、という背景からお話いただけますか。

 幕内 糖質制限食はもともと糖尿病患者のための食事療法として提案されたものです。実際、この手の本が出された当初は「糖質制限で糖尿病はよくなる」とか「糖尿病患者のための糖質制限食」というふうに、本のタイトルには必ず「糖尿病」という言葉が入っていました。

 その「糖尿病」という言葉がいつのまにか「ダイエット」という言葉にすり替わってしまった。糖尿病患者の中にはダイエットの必要がある人もいますから、その延長線上でそういうテーマになったのでしょう。

 しかし、一旦「ダイエット」を語ったことで、ごく普通の人々にも注目されるようになり、今では「万人向けの健康食」であるかのようなイメージで語られるようになった。ここに大きな問題があります。

 では、糖質制限食とはどのようなものかというと、ごはん、パンなどの穀類やイモ類などに多く含まれる「糖質」を減らすことで、痩せようというものです。

 糖質とは、タンパク質、脂質と並ぶ三大栄養素の一つで、炭水化物とほぼ同じと考えていいでしょう。一般的には、炭水化物の中でも食物繊維以外のものを糖質と呼んでいます。欧米では、low-carbohydrate Diet(ロー・カーボハイドレイト・ダイエット、低炭水化物の食事)として紹介されています。あくまでも「糖質」ではなく「炭水化物」なのですが、なぜか日本では「糖質制限食」と言われています。

 ―― 糖尿病患者のための食事が、ダイエットというキーワードをきっかけに一般化してしまったと。

 幕内 ええ。わが国ではダイエットというだけで飛びつかれる傾向が強いですが、糖質制限食が注目されるようになったのは、「糖質さえとらなければ、好きなものを好きなだけ食べても太らない」という意外性もあったと思いますね。この点は従来のダイエットと大きく違います。

 従来のダイエットは「カロリーオフ」――つまり、摂取カロリーを減らすことを主眼としていました。摂取カロリーを減らせば、運動量を増やすことなく痩せることができるという発想で、その手段として、カロリーの低いコンニャクや寒天などを「ダイエット食品」と称して食べていたわけです。

 ところが、糖質制限食ダイエットでは「糖質オフ」――つまり、ごはんやパンなどに含まれる糖質さえとらなければ満腹になるほど食べていいとされています。そればかりか、「肉は食べ放題。アルコールも飲み放題」でOKだと。これまでは「肉をやめろ」「アルコールをやめろ」というダイエット法はあっても、「肉は食べ放題。アルコールも飲み放題」というダイエット法などありませんでした。カロリーを十分にとって満腹になりながら、ダイエットができるというのが謳い文句ですから、痩せたいと思っている人は魅力的に感じたでしょうし、斬新に聞こえたのでしょう。

 しかも、糖質制限食を推奨する人たちには医師が多い。なかには、糖質制限食は最新の研究結果などエビデンスに基づくものだと主張する人もいます。そうすると、「お医者さんが言っているのだから、本当なんだろう」と信じてしまう人が出てきても不思議ではないでしょう。

【第1回-2】

糖質制限食の弊害  

 

 幕内 しかし、最初に言ったように、糖質制限食は糖尿病患者という特定の病人のための食事療法であって、ごく普通に生活している人々の健康法として普遍化できるような食事法ではありません。むしろ、普通の人がこのような食事法を長期的に行えば、多くの弊害が生まれます。

 少し説明しますと、太っている人が痩せるためにはどうすればいいかというと、栄養失調状態にすればいいのです。極端な例は断食です。これは食べないから絶対に痩せる。そういう飢餓状態を「量的栄養失調」といいます。

 この「量的栄養失調」とは別に、「質的栄養失調」というのがあります。これは身体にメチャクチャ合わない食事で痩せてしまうものです。例えば、最近私のところに、ここ何カ月かジャガイモだけを食べて十何㎏痩せたと知らせてきた人がいます。ジャガイモ以外は何も食べないというのですからこれも一種の「質的栄養失調」で、絶対に痩せます。ただし、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラル等必要な栄養分が不足しているので、そのまま続ければ、いずれ死ぬでしょう。

 糖質制限食というのは、まさにこの極端なジャガイモ食と同じようなもので、とにかく肉ばかり食べ、酒ばかり飲み、米などの糖質は摂らない。つまり、「質的栄養失調」の状態にするわけですから、太っている人が実施すれば、痩せるに決まっているのです。

 ただし、穀類・イモ類を食べないということは糖質を身体にとりいれないだけでなく、食物繊維を身体にとりいれないということですから、すぐに便秘になり体調を崩しやすくなります。その一方、肉ばかり食べればタンパク質・脂質が過剰となり、それにアルコール飲み放題が加われば、血管が詰まって脳と心臓がやられてしまいます。

 二〇一二年に、日本糖尿病学会の門脇孝理事長(当時)も、次のように述べています。

 「炭水化物を総摂取カロリーの四〇%未満に抑える極端な糖質制限は、脂質やたんぱく質の過剰摂取につながることが多い。短期的にはケトン血症や脱水、長期的には腎症、心筋梗塞や脳卒中、発がんなどの危険性を高める恐れがある」と。

 

何も新しくないいつか見た光景

 

 ―― なぜそんな危険な食事法が、脚光を浴びているのでしょうか。

 幕内 やはり「肉は食べ放題。アルコールも飲み放題」「ごはんは食べない」という内容に意外性があり、斬新なイメージで受け止められたからではないでしょうか。

 とはいえ、糖質制限食ダイエットは別に新しくとも何ともありません。じつは類似のダイエット法はこれまでにもあったのです。

 例えば、一九五〇年代には「和田式食事法」というのがあったし、七〇年代には「アトキンス・ダイエット」、九〇年代には「世にも美しきダイエット」というのがありました。これらは名称や細かい部分での主義主張は違うものの、内容は現在の糖質制限食ダイエットとほぼ同じです。流行った当時はやはり斬新なダイエット法として脚光を浴びましたが、今はその名前を聞いても「何それ?」という感じでしょう。

 この事実がすべてを物語っています。つまり、ダイエット法や食事法には必ず流行り廃りがあること。そして、忘れた頃にまた似たようなものが流行する。そういうことを繰り返しているのです。

 もう一つは、医師が推奨しているからでしょうね。何か科学的な感じがするので信用してしまいがちですが、しかし本当に信用できるかどうかは中身を見なければならない。

 例えば、アトキンス・ダイエットの提唱者は、アメリカ人のロバート・アトキンス博士という医師でした。彼はもともと体重が一一六㎏という肥満状態でしたが、肉や卵を使った料理を中心に、パンなどの糖質を制限するというダイエット法を編み出し、それによって体重を七〇~八〇㎏に落とすことができたといいます。こうした自身の成功体験は説得力が強いものですが、それに加え、医師であるということは説得力を増幅させたでしょう、彼の著書は世界中で一五〇〇万部も売れたそうです。

 ところが、アトキンス博士の死亡時の体重は、なんと一一七㎏もありました。しかも、それは死亡時にさえ公表されず、後になって発覚したのです。

 ―― 提唱者がリバウンドしていた。しかもそれを隠蔽していた。

 幕内 もちろん、アトキンス博士がそうだったからといって、すべての医師が信用できないなどと言うつもりは毛頭ありません。しかし、医師が言っているからという理由だけで、盲信するのはおかしいということを言いたいのです。

 

【第1回-3】

本当の問題は「糖質」か「脂質」かではない

 ―― では、糖質制限食を推奨する人たちの主張内容を、一つ一つ掘り下げて検討して行きたいのですが、まず「カロリーオフ」か「糖質オフ」かという問題です。肥満や生活習慣病の原因について、糖質制限食を推奨する人たちは、従来の「脂質のとりすぎ」ではなく「糖質のとりすぎ」を挙げています。これについて、どうご覧になっていますか。
 幕内 その是非に決着を付けようとするのは不毛だと思います。なぜなら現代は糖質、脂質という単一の栄養素で健康を論じられるような単純な時代ではなくなっているからです。私の答えは糖質か脂質かではなく、肥満や生活習慣病が増えている背景には、「食の工業化」という重大な問題がある、というものです。このことは連載の後半で詳しくお話しますので、ここではその脈絡で糖質とは何かということについて、少しだけ触れておきたいと思います。
 そもそも糖質には大きく分けて二つあります。一つは、米などの穀類やイモ類などに多く含まれる糖質。もう一つは、清涼飲料水・シロップや白砂糖などに含まれる異性化糖、すなわち「精製された糖質」です。
 現代の日本人は、スイーツや清涼飲料水などをたくさん摂っていますから、「精製された糖質」が過剰になっているのは間違いない。しかも、「精製された糖質」は自然界に存在しない恐ろしい工業製品で、これこそが肥満や生活習慣病の最大の原因だと私は考えています。従って、糖質制限食を推奨する人たちが、スイーツや清涼飲料水など異性化糖の多い食品の摂取を減らそうと言うのであれば賛同しますが、彼らは恐らく知らないのでしょう、糖質と「精製された糖質」を全く区別せずに、穀類やイモ類は糖質が多く含まれているから食べない方がいいと主張する。これは完全に間違っています。
 少なくとも、普通の糖質をとることが肥満や糖尿病の原因とならないことは、戦前の日本人の食生活をみれば明らかです。
 宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の中に「一日ニ玄米四合ト、味噌ト少シノ野菜ヲ食ベ」とあるように、日本人は一日に四合の米、茶碗にすると十二杯分のごはんを食べていました。これは糖質制限食を推奨する人たちからみれば、とんでもなく不健康な食事ということになるでしょう。
 しかし、当時の日本人で肥満や糖尿病に悩まされた人は、今とは比べものにならないほど少なかった。つまり、「ごはん食が太る」というのは作り話なのです。
 むしろ事実から言えば、戦後、日本人が米をだんだん食べなくなるとともに、肥満や糖尿病の人は増えて行きました。もしも米などの糖質が原因だというのならば、おかしいじゃありませんか。ごはんを食べて糖質をとることと、肥満や糖尿病の発症とは、ほとんど関係ありません。
 ただし、特定の条件が重なれば、ごはんだって太ることもあります。たとえば夜食です。ごはんだろうが、パンだろうが、ラーメンだろうが、寝る前に食べれば太るのは当たり前です。そういう人は、夜遅くに食事をしないようするだけですぐに体重は減ります。
 もともとこの糖質制限食を強く支持したのは、会社の社長や重役クラスのお金持ちです。この人たちは、いわゆる美食家です。彼らにとっては今まで夜遅くまで散々旨いものを食べ、大酒を飲んだ揚げ句の反省食なのでしょう。糖質制限食で三〇㎏痩せた、五〇㎏痩せたと効果を吹聴していますが、いったい元は何㎏あったのかと。そんな人たちは糖質制限食でしばらく「栄養失調」になった方が却って健康にいい。
 しかし、それを一般化して、あたかもごく普通に生活している人たちにも通用する健康法などと言うのはやめろと言いたいですね。(『明日への選択』日本政策センターより)