コラム

『明日への選択』聞き書き連載

「糖質オフ」に騙されるな

【第2回-1】 米を主食から追い落とす糖質制限食


幕内秀夫氏への聞き書き連載第2回。

「肉は食べ放題。アルコールも飲み放題。ただし、ごはんやパンなどの糖質は食べない」という糖質制限食。今回はそれを推奨する人たちの主張を一つ一つ検証し、その正体を暴く。

「糖質は人間の身体に合わない」?

 ―― 糖質制限食を推奨する人たちの中には「人間はそもそも糖質を体に取り入れるようにはできていない」と主張する人もいます。
 幕内 彼らはその根拠として、人間の体内に蓄積されているエネルギー源を引き合いに出します。
 少し説明しますと、体内のエネルギー源のうち、グリコーゲンは多くのブドウ糖が結合してできています。いざエネルギーが必要となったとき、グリコーゲンはすぐさまブドウ糖に分解できるため、即座にエネルギーを供給できるという特徴がある半面、脂肪ほどエネルギーを貯蔵することはできません。糖質制限食を推奨する人たちは、この「脂肪の方がグリコーゲンよりも大量にエネルギーを貯蔵している」という点を捉えて、「人体にとっては脂質の方が糖質よりも重要だ」と言うのです。
 これは一見説得力のある理屈に感じるかもしれませんが、それはあくまでも人体の中での話です。体内の話と食事の話をごっちゃにしている点に大きなゴマカシがあります。
 体内に脂質が豊富に含まれているからといって、脂質ばかり食べればいいというのではありません。なぜなら、食事の脂質がそのまま体内の脂質になるわけではないからです。これは糖質も同じで、食事の糖質がそのまま体内で糖質として貯蔵されるわけではありません。穀類やイモ類に含まれる糖質は、たくさん食べることによって結果的に脂肪として体内に蓄えられるのです。
 結局、体の仕組みから、自分たちの説に都合のいい部分だけを取り出して、糖質をとるのが良いとか悪いとかを主張しているわけですが、無意味と言うしかありません。
 私は、食生活に関して疑問が生じたときには、その答えを小さな子供に教えてもらうことにしています。なぜかというと、子供は人間の本能に従って食べているからです。
 カゴメが実施した「子供の野菜の好き嫌いに関する調査」(二〇一一年)によると、子供が好きな野菜の一位は「とうもろこし」、二位「じゃがいも」、三位「えだまめ」、四位「さつまいも」という結果でした。どれも純粋な野菜というより穀類、イモ類、豆類で、いずれも糖質を多く含んでいます。
 逆に嫌いな野菜はというと、一位「なす」、二位「ピーマン」、三位「しいたけ」、四位「水菜」。野菜らしい野菜で、糖質も少ない。これが大人なら、なまじか情報があるために「健康のために野菜を食べよう」とするでしょう。けれども、子供には情報がないから、本能的に糖質の高いものを食べたがるのです。
 これが乳児となると、栄養への欲求はより本能的です。授乳中の母親が脂質の多い食生活をすると、母乳が脂っぽくなってしまい、赤ちゃんは嫌がっててきめんに母乳を飲まなくなります。
 乳幼児の好き嫌いを大人と同じには考えられないのかもしれませんが、人間の本能のままに食べている乳幼児が、糖質を多く含むものを好むのは間違いのない事実です。だからといって、私は「糖質が一番重要だから、それだけを摂るべきだ」と主張する気は毛頭ありません。穀類やイモ類の中にも脂質やタンパク質は含まれています。糖質と脂質を完全に区別してものを言うことなどできないからです。(『明日への選択』日本政策センターより)

【第2回-2】 
「縄文肉食主食論」という妄想

 ―― 糖質制限食を推奨する人たちの主張の中には、人類の歴史を見れば肉食こそが人間本来の食生活である、というものもあります。
 幕内 確かに、人類が誕生してから何百万年と言われていますが、そのほとんどは狩猟採集の時代であり、農耕が始まったのは一万年前です。
 彼らはそれを取り上げて、人間の体は何百万年と続いた狩猟採集時代の食生活にこそ適応していると言います。その一方、穀類、イモ類を食べるようになったのは農耕が始まって以降のことに過ぎないから、人間の体は穀類、イモ類に適応していない。そんなものを食べるようになったから肥満や糖尿病が増えた。だから、古代人の食事を再現し、肉中心の食生活にすることが健康によいのだと言います。極端な人は「糖質を食べるようになったのは人類の原罪だ」とまで主張しています。
 しかも、こんな極端な考え方が反映され、アメリカではパレオダイエット(原始人ダイエット)と称して血の滴るような生肉を主食する人さえいます。日本では農耕が始まる前の縄文時代が理想とされています。
 しかし、これらは妄想でしかありません。だいたい、穀類、イモ類を食べるのが間違いだとなると、世界中のほとんどの民族が誤った食生活をしてきたことになってしまいます。彼らの考えに従えば、「正しい食生活」をしているのは、今でも森の中で狩猟生活を続けているごく一部の民族だけということになります。
 そもそも狩猟採集時代の人々が肉食でなかったことは、考古学の世界では常識です。『明日への選択』二月号で、縄文研究の第一人者である小林達雄先生が縄文時代はナッツ食だと仰っていましたが、その通り、縄文人が食べていたのは七割くらいは植物性食品で、肉食は稀でした。こうした研究成果は少し調べれば分かるはずですが、彼らはろくに調べもしないで「縄文肉食主食論」を勝手に妄想しているわけです。


 もう一つ、糖質制限食を推奨する人たちが、肉食は人間本来の食生活であるとする根拠として挙げるのが、イヌイットの食生活です。
 イヌイットは植物のほとんど育たない北極圏で、クジラ、アザラシ、魚介類などを食べて生きてきました。そこで、糖質制限食を推奨する人たちは「獣肉や魚介類を食べてきたイヌイットは、典型的な糖質制限食だった。その彼らには、肥満や糖尿病、脳梗塞、心筋梗塞をはじめ、リューマチやがんなど、あらゆる病気が少なかった」と主張しています。
 しかし、人類学の本を読めばすぐ分かるように、イヌイットは世界で最も短命な民族として知られています。現在は食生活や生活環境が変わったので違いますが、かつてのイヌイットの平均寿命は三十歳くらいだったろうと推測されています。三十歳で寿命が終わるならば、糖尿病や血管系疾患、リューマチやがんに罹る人が少ないのは当然です。そうした病気は七、八十歳まで長生きするからこそ罹りやすくなるからです。
(『明日への選択』日本政策センターより)

 

【第2回-3】

「肉を主食」にしてはいけない

 

 ―― 「肉は食べ放題。アルコールも飲み放題」という斬新な食事法を医師がエビデンスに基づいて主張しているということで糖質制限食は注目されているわけですが、彼らが言っていることは滅茶苦茶ですね。

 幕内 なにがエビデンスだと言いたくなりますよ(笑い)。

 そして滅茶苦茶な主張の極めつけが「肉を主食にすべきだ」というものです。これは日本人の食生活を根本から狂わすもので大変危険です。

 ここ数年、様々なダイエットが流行しましたが、その多くは一つのものを多く食べる「単品ダイエット」で食生活全体は何も変わらなかった。

 ところが、糖質制限食では日本人が長い間主食としてきたごはんを食べるなと言い、代わりに肉を主食にすべきだというのですから、食生活そのものを変えてしまいます。そんな極端な食生活を続ければ、健康を害することは前回お話した通りです。

 一方、肉そのものにも大きな問題があります。

 農林水産省の発表(二〇一一年)によると、一年間に屠殺した牛は約百二十万頭、豚が約千六百五十万頭。そのうち牛の約六四%、豚の約六一%に病気があったことが判明しています。このうち「全部廃棄」といって、解体したところ病気が回っていて、一頭分の肉すべてが流通禁止となったものが、牛で約一万頭、豚は約一万八千五百頭になります。それ以外は「一部廃棄」で、例えば肝臓に病気があるが、その部位を取り除き流通させてもよいとされたものです。これだと一応、私たちが病気の部位を食べることはないけれども、病気を持った家畜の肉には違いない。そんなものを口にして本当に大丈夫なのでしょうか。

 それよりもっと恐いのは、肉を毎日食べることのリスクです。

 これだけ病気になる家畜が多いわけですから、その予防のために、大量の薬が投与されています。家畜が食べるエサの中に「飼料添加物」の名で投入されている抗生物質です。病気になっていない家畜にしても、「薬漬け」になっているのです。

 また、抗生物質の中には発育を促進するために使われているものもあります。「食の安全」を叫ぶ人たちは、遺伝子組み換えがどうの、トランス脂肪酸がどうの、放射性物質がどうの、と次から次へと問題にするネタを変えていますが、なかでも最も恐ろしいのは成長促進の抗生物質です。EU(欧州連合)では成長促進の抗生物質は使用そのものが禁止されています。しかし、それ以外の国はどうか。中国など安全性に不安のある国からの輸入肉ともなれば、どれだけ薬が使用されているのか想像するのも恐いほどです。

 それでも、ステーキや焼き肉など肉の原型が見えるものはまだマシですが、ハム、ソーセージ、ハンバーグ、ミートボールといった食肉加工品は、食肉と言うより「食品添加物の塊」です。抗生物質で育てた肉に、添加物もどっさり加っている。

 もちろん、これは肉だけでなく、養殖魚、あるいは蒲鉾のような練り製品も同じですから、現代に生きる私たちは自給自足で生活するか、高いお金を払って高級食材を買うのでない限り、抗生物質や食品添加物の問題から逃れることはできません。

 では、どうすればいいのかといえば、そうした限界を認識しながら「なるべく害を減らす」ことです。米は農薬や放射性物質の影響を完全に避けることはできないけれども、抗生物質や添加物が入っていることはない。ですから、ごはんのおかずに蒲鉾やハムを食べるというふうに、主食をとりながらそうした食品を食べればいい。牛丼やカツ丼だって、具の下にはごはんがあるから、肉だけを食べるよりはいいです。

 ―― 最近はテレビやラジオで「長生きしている人はみんな肉を食べている」といった発言が普通に出てくるようになっています。これも糖質制限食の影響でしょうか。

 幕内 それは分かりませんが、糖質制限食を推奨する人たちは、肉を主食にする方が健康的でダイエットになると主張しています。しかし、肉そのものを見るだけでも問題だらけ。健康になるどころか、きわめて有害と言わざるを得ません。好きで肉やハムを食べるなら分かりますが、それを主食にすべきだと人にすすめるのはとんでもない話です。

 

「普通の食事」に還ろう

 

 幕内 ちなみに、私は肉を主食にしてはいけないという立場ですが、肉を食べること自体を否定したことはないし、肉も魚も食べないような菜食をすすめたことは一度もありません。むしろ厳格な菜食主義に対しては批判してきました。それは私が、日本人が長い間食べてきた「ごはんと味噌汁、漬け物と少しのおかず」という「普通の食事」が日本人の体に一番合っていると考えているからです。

 何か特別なダイエット法や食事療法というのは、提唱者がいて、その主張に賛同する信奉者が生まれ、一時的に大変な脚光を浴びることもありますが、ブームが過ぎれば狂信的な信奉者だけが残るか消滅するか、そういう不安定なものですから信頼に足るものではありません。それに対して、日本人は少なくとも千年近くの間、米などの穀類を中心に味噌汁、漬け物と少しのおかずだけで健康に暮らしてきたわけです。

 ―― そういう「普通の食事」こそ大切だと。

 幕内 ええ。その脈絡で言うと、最近は私の提案で「ノーおかずデー」を設ける幼稚園が増えてきました。これは子供に持たせる弁当の内容を敢えて「おにぎり」だけにして、「おかず」は持たせなくていいというものです。戦後は三大栄養素がどうの、栄養バランスがどうのという「栄養教育」が行われ、政府主導の「栄養改善普及運動」では「ごはんは残しても、おかずは食べなさい」という指導が行われ、ごはんを中心とした「普通の食事」が何かよくないことであるかのような観念が植え付けられました。しかし、肉だ、魚だと無理して弁当のおかずを考えるから、危ないミートボールを買ってきてしまう。そんなものを食べさせるより、子供には塩むすびで充分。栄養的に何の問題もありません。

 神奈川県に園児数六百人の幼稚園があります。ここはお母さんの仕事や体調によって子供に弁当を持たせられない場合は、幼稚園に頼めるシステムで、これまでは毎日百人程度が弁当を頼んでいたのですが、「ノーおかずデー」を週三回実施するようになったら、弁当を頼むのは日に二、三人にまで激減しました。

 これは何を意味するのかというと、今まで頼む人が沢山いたのは、本当はお母さんの仕事や体調によるものではなく、いかに栄養バランスのとれた弁当を作るか、というプレッシャーがきつかったのです。それが週三回「ノーおかずデー」にしたら、他の日も「おかずは簡単でいい」ということが分かって、弁当を頼むのが馬鹿らしくなった(笑い)。

 健康のためには日本人が千年近く食べてきた「普通の食事」で充分。特別なことは何も要りません。(『明日への選択』平成二十八年七月号)