コラム

『明日への選択』聞き書き連載

「糖質オフ」に騙されるな

【第5回】(最終回) 忍び寄る「ドラッグ食」の脅威


■幕内秀夫氏への聞き書き連載第5回。

 今、日本は「食の欧米化」どころか「食の工業化」という新たな問題に巻き込まれている。しかも、「食の工業化」によって生まれた食品は依存性が強く、体に悪いことが分かっていても、やめられないのだという。幕内氏はこれを「ドラッグ食」と呼び警鐘を鳴らす。


 最終回の今回は、日本人の食生活が重大な岐路に立たされていることが痛感されるであろう。

国連も警鐘を鳴らすドラッグ食

 幕内 ドラッグ食の最大の問題は、依存性が高くなってしまうことです。ハンバーガー、ピザ、フライドポテト、スナック菓子、そんなものばかり食べていたら太るとか、健康に良くないということぐらい誰でも分かっています。それでもアメリカでは肥満のために胃袋を切る人が年間二十万人もいる。分かっちゃいるけどやめられない。これがドラッグ食の怖さなのです。


 だから、国連もこんな勧告を出しています(日本経済新聞二〇一四年五月二十一日付)。

 「……国連のデシューター特別報告者(食料問題担当)は二十日までに、高カロリーで栄養バランスが悪いジャンクフードなど不健康な食品について、『地球規模で、たばこより大きな健康上の脅威となっている』と警告、課税などの規制を急ぐよう各国に促した。

 さらに『国際社会は深刻な問題となっている肥満や不健康な食事について十分な注意を払っていない』と苦言を呈した……」
 この勧告の背景には、世界規模の肥満問題があります。正確にいえば、肥満問題からくる糖尿病や心臓病、がん、肝臓病などに対応する医療費増大への危機感です。欧米の研究者の中には、これは飢餓からくる栄養失調よりも深刻な問題だと指摘する人もいます。


 とりわけ「たばこより健康上の脅威になっている」という指摘に注目して下さい。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、これは決して大袈裟な指摘ではありません。なぜなら、タバコの場合は乳幼児が手を出すことはまずないけれども、ジャンクフードは親が食べているので乳幼児でも口にする可能性が高いのです。しかも、ジャンクフードは、タバコ、麻薬、ドラッグと同じく、自分の意志でやめることが難しい。そこで国際社会では「課税」して食べにくくする以外にない、という考えになってきたのです。


 とくに深刻な状況にあるアメリカでは、自治体ごとに進んだ議論を行っています。二〇一四年にはカリフォルニア州バークレー市で、肥満や糖尿病などによる医療費抑制を狙い、「ソーダ税」導入の住民投票を実施し、その結果、七五%の賛成で可決されました。そして、二〇一五年一月より、炭酸飲料など糖分入りの飲料への課税が始まっています。五〇〇ミリリットルのペットボトルで、日本円にして二十円ほどの課税です。


 じつはソーダ税の構想はアメリカの各都市で検討されてきましたが、飲料業界の激しいネガティブ・キャンペーンなどで頓挫してきました。ニューヨーク州では施行を差し止めた経緯があります。これは飲食物への課税には業界の反対がつきまとうという難しい実状を示しています。しかしそれでもジャンクフードへの課税は次第に本格化しつつあるし、イギリスでは「砂糖税」、韓国では「ソーダ税」、その他の国でも「脂肪税」「ファストフード税」などの導入が提案され、その是非が盛んに議論されています。ドラッグ食の拡大は、それだけ医療費などの社会的コストがかかる問題だと考えられるようになってきたからです。


 ただし、食品の依存性を科学的に証明するのは簡単ではありません。タバコでさえ、その依存性や有害性は科学者から繰り返し指摘されていますが、いくらタバコは「ブラック」だと指摘しても、メーカーは絶対に認めません。だから、最近は一箱二千円以上で売る国も増えるなど高い価格を設定することで折り合いを付けている。つまり、タバコを吸って健康を害しても、それは自己責任ですよと。それと同様に、「ドラッグ食」を「ブラック」だと言ってしまったら、おそらく世界中で訴訟が発生するでしょう。しかし、メーカーは絶対にドラッグ食の依存性を認めないと思います。だから、これからも「グレー」のまま推移して行くでしょう。


 ところが、「グレー」だからこそ、どんどん広まってしまう恐れがあるのです。なにしろ食生活は「塵も積もれば山となる」を地で行くような話です。何かを一回、あるいは数回食べたからといって、その影響がはっきり出るわけではない。それらの問題は「科学」ではなく「歴史」が証明すると言ってもいいかもしれません。ただ、それらの影響、弊害が明らかになった時は、たぶん「手遅れ」になっていると思います。

「普通の食事」が分からない世代の登場

 ―― 諸外国に比べれば、わが国はドラッグ食への対策が遅れているどころか、それが問題だという認識すらありません。
 幕内 けれども、日本人の食生活の現状は、世界の肥満大国とそれほど変わらないところまで来ています。


 今の若者は朝からマクドナルドやスターバックスコーヒーなどのファストフード店、あるいはコンビニで、「精製された糖質」と「精製された脂質」がたっぷり入った食べ物を毎日のように買って食べています。今の子供の食事をみても、口にハンバーガー、菓子パン、ピザなどのカタカナ主食、右手に清涼飲料水、左手にスナック菓子というのが実情でしょう。


 ちなみに、私は今から七、八年前に『変な給食』という本を書きました。この本では、今、学校給食で出されている献立が「カレーうどん、アメリカンドッグ、小倉白玉、牛乳」「海老カツバーガー、コーンスープ、雪見大福、牛乳」「ジャージャー麺、フライドポテト、サイダーポンチ、牛乳」という具合に、ファストフードよりも酷い内容になっている実状を紹介しました。じつは出版社からこの話があった時、世の中に給食に関心のある人なんて殆どいないから売れないだろうと思っていたのですが、予想外に大きな反響があって驚きました。しかし、それ以上にショックだったのは、そうした「ヘンな給食」を見ても、「これのどこがヘンなの?」という反応が少なくなかったことなのです。
 その時から、「日本はもはや食のスタンダードが分からない時代に突入した」と思い始めましたが、今では確信に変わりました。なぜなら、小さな頃からファストフードやコンビニ食を食べてきた世代が、大人になってしまったからです。


 一九八〇年代が境目でしょう。七〇年代前半に登場したマクドナルド、ケンタッキー、ミスタードーナツ、それからコンビニエンスストアが全国的に普及したのは八〇年代です。その時代に生まれた人たちは、生まれた時からファストフードやコンビニが身近に存在していました。その世代の人たちは、いまや社会の中堅になってきています。日本人の食事は新しい段階に入ったと言えるでしょう。

 

世界の肥満大国とのわずかな「差」

 ―― 深刻な事態ですね。
 幕内 これは本当に深刻な事態だと思います。
 ただし、諸外国と比較してみると、日本の場合は、いくらドラッグ食が普及したといっても、食事そのものにわずかな「差」があります。
 例えば、アメリカやオーストラリアの肥満の人の食生活をみると、朝は砂糖がたっぷり使われたシリアルと牛乳。昼食はハンバーガー、フライドポテト、清涼飲料水。夕食は菓子パンやピザにサラダ、シチュー。そんなところでしょう。一日中、「精製された糖質」「精製された脂質」を摂取しています。


 日本でもこれに近い食生活をしている若者が増えているとはいえ、三食のうち少なくとも一食は、ごはん、そば、うどんなどを食べているでしょう。ある年齢以上の人だったら、ハンバーガーやドーナツなどを食事にすることは滅多にありません。


 やはり、「ごはん」が歯止めになっているのです。飽きることなく食べられて、保存もできて、しかも安い。自分でつくるのが面倒なら、スーパーマーケットに行けば、炊いた「ごはん」が百円程度で買えます。外食でも簡単に食べられる。この「差」は非常に大きい。こんなふうに、手軽にごはんが食べられるようになったのは、やはり日本人の先祖のお陰だと本当に有難く思います。


 夕方のスーパーマーケットに行けば、「今晩のおかずは何にしようかしら」と考えながら買い物をしているご婦人たちが沢山います。しかし、「主食は何にしようかしら」、あるいは「汁物は何にしようかしら」と考える人はいません。もしも、毎日、主食から汁物、おかずまですべて考えなければならないとしたら、疲れ果ててしまうことでしょう。


 そうならないのは、日本人の食事というのは、ごはんと味噌汁が大前提としてあり、それに合うおかずを考えるだけで済むからです。その際は栄養面を細かく考えるというより、どちらかといえば、味覚的な組み合わせ、あるいはお財布と相談して決めるのが普通です。おおまかにいえば、日本人はごはんと味噌汁だけで体に必要なものを七、八割は摂取することができます。残りの二、三割をおかずで補えばいいから簡単なんです。

ドラッグ食を食い止める最後の砦

 ―― そういう意味では、今でも米と味噌は日本人の食事の中心であることに変わりはない……。
 幕内 ですから、まだ望みはあると思います。
 私は三年前に東京の日本橋から京都の三条大橋まで、いわゆる東海道五十三次(約五〇〇キロ)を二十一日間かけて歩きました。今は全国チェーンのファストフードやコンビニがどこへ行ってもありますから、その地域ならではの「地方食」もどんどんなくなっていました。しかし、それでも、味噌(味噌汁)にはまだ地域性が強く残されていました。


 味噌は北海道から沖縄まで、全国で作られてきたのですが、それが今も昔とそれほど変わらずに、地方ごとの味つけ、製法が残っています。醤油や酢、みりんなどの調味料にも地方性はありますが、味噌ほどではありません。


 これは偶然ではないと思います。ごはんには、空腹を満たすための炭水化物(糖質)の他、様々なビタミン、ミネラル、食物繊維が含まれていますが、それだけで必要な栄養素がすべて賄えるわけではありません。タンパク質や脂質が少なく、大切な塩分も摂れない。そこで、ごはんの横に登場したのが、味噌であり、味噌汁なのです。栄養素のことなど何も知らなくても、ごはんを補うものとして全国で味噌汁が定着してきたのは、日本人の無意識のバランス感覚と言えるでしょう。


 毎日のことだから、経済的なことも大事です。その点、味噌汁は家庭でつくれば一杯十円、二十円程度しかかからない。町の定食屋や牛丼屋でも、五、六十円といったところでしょう。
 現在、日本人の食生活は「食の欧米化」を通り越して「無国籍化」が進んでいます。それにもかかわらず、九州に行けば「麦味噌」があり、東海地方には焦げ茶色の渋い「豆味噌」があり、徳島には非常に個性的な「ねさし味噌」があるというふうに、全国には様々な地域特有の味噌があります。それらが、いまも変わらずに常食されていることは非常に大きな意味を持っています。


 ハンバーガーを食べながら焼き魚を食べる人はいません。ピザと冷奴を一緒に食べる人もいない。ホットドッグにホウレン草のおひたしは合いません。やはり焼き魚も、冷奴も、ホウレン草のおひたしも、ごはんのおかずなのです。食事というものは、主食が副食も決めるものなのです。まだ一日のどこかで一回、二回、三回と、ごはんを食べている人は多い。ごはんと味噌汁が、日本の食事のドラッグ化の最後の砦になっています。これが、欧米の肥満大国とのわずかな「差」なのです。

完全米飯給食でドラッグ食を跳ね返せ

 ―― ごはんと味噌汁は、地下水脈のように生き続けている。
 幕内 ええ。前にも言ったように、日本人は少なくとも千年近くの間、米などの穀類を中心に味噌汁、漬け物と少しのおかずだけで健康に暮らしてきました。そうした「普通の食事」を今は意識して取り戻して行くことが大切です。なかでも、小さいうちから「普通の食事」をきちんと覚えさせることが一番大切だと思います。


 そこでカギになってくるのが、学校給食です。現在、学校給食を食べている児童・生徒は約九百五十万人にのぼります。それだけ多くの子供が義務教育の六年間、あるいは九年間、給食を食べている。ここで何を食べさせるかが、日本人の食生活が「普通の食事」に戻って行くのか、それとも「ドラッグ食」に流れて行くのか――今、私たちの社会はその重大な岐路に立たされています。


 現状では、ファストフードでも提供していないようなヘンな献立が出されているところが多いとはいえ、これを改めて、週五日の給食をすべてごはんを中心とする「完全米飯給食」に転換すれば、自然にヘンな献立は消えて、「普通の食事」になって行きます。給食の主食として、パンや菓子パン、ハンバーガー、ラーメンなどをやめて、すべてごはんにするわけですから、「工業製品」が減り、食の安全も確保できます。


 私がこの運動を始めた十七年前は、完全米飯給食の実施校は全国で九百校でしたが、今では二千二百校以上になっています。その気になれば、どこの自治体でもできることなのです。
 今、ドラッグ食の波は子供たちを呑み込もうとしています。このまま行けば世界の肥満大国の二の舞となることは間違いありません。ごはんと味噌汁が「普通」でなくなってしまってからでは取り戻しは利きません。しかし、今ならまだ間に合うと思うのです。(連載完結)(『明日への選択』平成28年10月号)

【第5回】(最終回) 忍び寄る「ドラッグ食」の脅威


■幕内秀夫氏への聞き書き連載第5回。

 今、日本は「食の欧米化」どころか「食の工業化」という新たな問題に巻き込まれている。しかも、「食の工業化」によって生まれた食品は依存性が強く、体に悪いことが分かっていても、やめられないのだという。幕内氏はこれを「ドラッグ食」と呼び警鐘を鳴らす。


 最終回の今回は、日本人の食生活が重大な岐路に立たされていることが痛感されるであろう。

国連も警鐘を鳴らすドラッグ食

 幕内 ドラッグ食の最大の問題は、依存性が高くなってしまうことです。ハンバーガー、ピザ、フライドポテト、スナック菓子、そんなものばかり食べていたら太るとか、健康に良くないということぐらい誰でも分かっています。それでもアメリカでは肥満のために胃袋を切る人が年間二十万人もいる。分かっちゃいるけどやめられない。これがドラッグ食の怖さなのです。


 だから、国連もこんな勧告を出しています(日本経済新聞二〇一四年五月二十一日付)。

 「……国連のデシューター特別報告者(食料問題担当)は二十日までに、高カロリーで栄養バランスが悪いジャンクフードなど不健康な食品について、『地球規模で、たばこより大きな健康上の脅威となっている』と警告、課税などの規制を急ぐよう各国に促した。

 さらに『国際社会は深刻な問題となっている肥満や不健康な食事について十分な注意を払っていない』と苦言を呈した……」
 この勧告の背景には、世界規模の肥満問題があります。正確にいえば、肥満問題からくる糖尿病や心臓病、がん、肝臓病などに対応する医療費増大への危機感です。欧米の研究者の中には、これは飢餓からくる栄養失調よりも深刻な問題だと指摘する人もいます。


 とりわけ「たばこより健康上の脅威になっている」という指摘に注目して下さい。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、これは決して大袈裟な指摘ではありません。なぜなら、タバコの場合は乳幼児が手を出すことはまずないけれども、ジャンクフードは親が食べているので乳幼児でも口にする可能性が高いのです。しかも、ジャンクフードは、タバコ、麻薬、ドラッグと同じく、自分の意志でやめることが難しい。そこで国際社会では「課税」して食べにくくする以外にない、という考えになってきたのです。


 とくに深刻な状況にあるアメリカでは、自治体ごとに進んだ議論を行っています。二〇一四年にはカリフォルニア州バークレー市で、肥満や糖尿病などによる医療費抑制を狙い、「ソーダ税」導入の住民投票を実施し、その結果、七五%の賛成で可決されました。そして、二〇一五年一月より、炭酸飲料など糖分入りの飲料への課税が始まっています。五〇〇ミリリットルのペットボトルで、日本円にして二十円ほどの課税です。


 じつはソーダ税の構想はアメリカの各都市で検討されてきましたが、飲料業界の激しいネガティブ・キャンペーンなどで頓挫してきました。ニューヨーク州では施行を差し止めた経緯があります。これは飲食物への課税には業界の反対がつきまとうという難しい実状を示しています。しかしそれでもジャンクフードへの課税は次第に本格化しつつあるし、イギリスでは「砂糖税」、韓国では「ソーダ税」、その他の国でも「脂肪税」「ファストフード税」などの導入が提案され、その是非が盛んに議論されています。ドラッグ食の拡大は、それだけ医療費などの社会的コストがかかる問題だと考えられるようになってきたからです。


 ただし、食品の依存性を科学的に証明するのは簡単ではありません。タバコでさえ、その依存性や有害性は科学者から繰り返し指摘されていますが、いくらタバコは「ブラック」だと指摘しても、メーカーは絶対に認めません。だから、最近は一箱二千円以上で売る国も増えるなど高い価格を設定することで折り合いを付けている。つまり、タバコを吸って健康を害しても、それは自己責任ですよと。それと同様に、「ドラッグ食」を「ブラック」だと言ってしまったら、おそらく世界中で訴訟が発生するでしょう。しかし、メーカーは絶対にドラッグ食の依存性を認めないと思います。だから、これからも「グレー」のまま推移して行くでしょう。


 ところが、「グレー」だからこそ、どんどん広まってしまう恐れがあるのです。なにしろ食生活は「塵も積もれば山となる」を地で行くような話です。何かを一回、あるいは数回食べたからといって、その影響がはっきり出るわけではない。それらの問題は「科学」ではなく「歴史」が証明すると言ってもいいかもしれません。ただ、それらの影響、弊害が明らかになった時は、たぶん「手遅れ」になっていると思います。

「普通の食事」が分からない世代の登場

 ―― 諸外国に比べれば、わが国はドラッグ食への対策が遅れているどころか、それが問題だという認識すらありません。
 幕内 けれども、日本人の食生活の現状は、世界の肥満大国とそれほど変わらないところまで来ています。


 今の若者は朝からマクドナルドやスターバックスコーヒーなどのファストフード店、あるいはコンビニで、「精製された糖質」と「精製された脂質」がたっぷり入った食べ物を毎日のように買って食べています。今の子供の食事をみても、口にハンバーガー、菓子パン、ピザなどのカタカナ主食、右手に清涼飲料水、左手にスナック菓子というのが実情でしょう。


 ちなみに、私は今から七、八年前に『変な給食』という本を書きました。この本では、今、学校給食で出されている献立が「カレーうどん、アメリカンドッグ、小倉白玉、牛乳」「海老カツバーガー、コーンスープ、雪見大福、牛乳」「ジャージャー麺、フライドポテト、サイダーポンチ、牛乳」という具合に、ファストフードよりも酷い内容になっている実状を紹介しました。じつは出版社からこの話があった時、世の中に給食に関心のある人なんて殆どいないから売れないだろうと思っていたのですが、予想外に大きな反響があって驚きました。しかし、それ以上にショックだったのは、そうした「ヘンな給食」を見ても、「これのどこがヘンなの?」という反応が少なくなかったことなのです。
 その時から、「日本はもはや食のスタンダードが分からない時代に突入した」と思い始めましたが、今では確信に変わりました。なぜなら、小さな頃からファストフードやコンビニ食を食べてきた世代が、大人になってしまったからです。


 一九八〇年代が境目でしょう。七〇年代前半に登場したマクドナルド、ケンタッキー、ミスタードーナツ、それからコンビニエンスストアが全国的に普及したのは八〇年代です。その時代に生まれた人たちは、生まれた時からファストフードやコンビニが身近に存在していました。その世代の人たちは、いまや社会の中堅になってきています。日本人の食事は新しい段階に入ったと言えるでしょう。

 

世界の肥満大国とのわずかな「差」

 ―― 深刻な事態ですね。
 幕内 これは本当に深刻な事態だと思います。
 ただし、諸外国と比較してみると、日本の場合は、いくらドラッグ食が普及したといっても、食事そのものにわずかな「差」があります。
 例えば、アメリカやオーストラリアの肥満の人の食生活をみると、朝は砂糖がたっぷり使われたシリアルと牛乳。昼食はハンバーガー、フライドポテト、清涼飲料水。夕食は菓子パンやピザにサラダ、シチュー。そんなところでしょう。一日中、「精製された糖質」「精製された脂質」を摂取しています。


 日本でもこれに近い食生活をしている若者が増えているとはいえ、三食のうち少なくとも一食は、ごはん、そば、うどんなどを食べているでしょう。ある年齢以上の人だったら、ハンバーガーやドーナツなどを食事にすることは滅多にありません。


 やはり、「ごはん」が歯止めになっているのです。飽きることなく食べられて、保存もできて、しかも安い。自分でつくるのが面倒なら、スーパーマーケットに行けば、炊いた「ごはん」が百円程度で買えます。外食でも簡単に食べられる。この「差」は非常に大きい。こんなふうに、手軽にごはんが食べられるようになったのは、やはり日本人の先祖のお陰だと本当に有難く思います。


 夕方のスーパーマーケットに行けば、「今晩のおかずは何にしようかしら」と考えながら買い物をしているご婦人たちが沢山います。しかし、「主食は何にしようかしら」、あるいは「汁物は何にしようかしら」と考える人はいません。もしも、毎日、主食から汁物、おかずまですべて考えなければならないとしたら、疲れ果ててしまうことでしょう。


 そうならないのは、日本人の食事というのは、ごはんと味噌汁が大前提としてあり、それに合うおかずを考えるだけで済むからです。その際は栄養面を細かく考えるというより、どちらかといえば、味覚的な組み合わせ、あるいはお財布と相談して決めるのが普通です。おおまかにいえば、日本人はごはんと味噌汁だけで体に必要なものを七、八割は摂取することができます。残りの二、三割をおかずで補えばいいから簡単なんです。

ドラッグ食を食い止める最後の砦

 ―― そういう意味では、今でも米と味噌は日本人の食事の中心であることに変わりはない……。
 幕内 ですから、まだ望みはあると思います。
 私は三年前に東京の日本橋から京都の三条大橋まで、いわゆる東海道五十三次(約五〇〇キロ)を二十一日間かけて歩きました。今は全国チェーンのファストフードやコンビニがどこへ行ってもありますから、その地域ならではの「地方食」もどんどんなくなっていました。しかし、それでも、味噌(味噌汁)にはまだ地域性が強く残されていました。


 味噌は北海道から沖縄まで、全国で作られてきたのですが、それが今も昔とそれほど変わらずに、地方ごとの味つけ、製法が残っています。醤油や酢、みりんなどの調味料にも地方性はありますが、味噌ほどではありません。


 これは偶然ではないと思います。ごはんには、空腹を満たすための炭水化物(糖質)の他、様々なビタミン、ミネラル、食物繊維が含まれていますが、それだけで必要な栄養素がすべて賄えるわけではありません。タンパク質や脂質が少なく、大切な塩分も摂れない。そこで、ごはんの横に登場したのが、味噌であり、味噌汁なのです。栄養素のことなど何も知らなくても、ごはんを補うものとして全国で味噌汁が定着してきたのは、日本人の無意識のバランス感覚と言えるでしょう。


 毎日のことだから、経済的なことも大事です。その点、味噌汁は家庭でつくれば一杯十円、二十円程度しかかからない。町の定食屋や牛丼屋でも、五、六十円といったところでしょう。
 現在、日本人の食生活は「食の欧米化」を通り越して「無国籍化」が進んでいます。それにもかかわらず、九州に行けば「麦味噌」があり、東海地方には焦げ茶色の渋い「豆味噌」があり、徳島には非常に個性的な「ねさし味噌」があるというふうに、全国には様々な地域特有の味噌があります。それらが、いまも変わらずに常食されていることは非常に大きな意味を持っています。


 ハンバーガーを食べながら焼き魚を食べる人はいません。ピザと冷奴を一緒に食べる人もいない。ホットドッグにホウレン草のおひたしは合いません。やはり焼き魚も、冷奴も、ホウレン草のおひたしも、ごはんのおかずなのです。食事というものは、主食が副食も決めるものなのです。まだ一日のどこかで一回、二回、三回と、ごはんを食べている人は多い。ごはんと味噌汁が、日本の食事のドラッグ化の最後の砦になっています。これが、欧米の肥満大国とのわずかな「差」なのです。

完全米飯給食でドラッグ食を跳ね返せ

 ―― ごはんと味噌汁は、地下水脈のように生き続けている。
 幕内 ええ。前にも言ったように、日本人は少なくとも千年近くの間、米などの穀類を中心に味噌汁、漬け物と少しのおかずだけで健康に暮らしてきました。そうした「普通の食事」を今は意識して取り戻して行くことが大切です。なかでも、小さいうちから「普通の食事」をきちんと覚えさせることが一番大切だと思います。


 そこでカギになってくるのが、学校給食です。現在、学校給食を食べている児童・生徒は約九百五十万人にのぼります。それだけ多くの子供が義務教育の六年間、あるいは九年間、給食を食べている。ここで何を食べさせるかが、日本人の食生活が「普通の食事」に戻って行くのか、それとも「ドラッグ食」に流れて行くのか――今、私たちの社会はその重大な岐路に立たされています。


 現状では、ファストフードでも提供していないようなヘンな献立が出されているところが多いとはいえ、これを改めて、週五日の給食をすべてごはんを中心とする「完全米飯給食」に転換すれば、自然にヘンな献立は消えて、「普通の食事」になって行きます。給食の主食として、パンや菓子パン、ハンバーガー、ラーメンなどをやめて、すべてごはんにするわけですから、「工業製品」が減り、食の安全も確保できます。


 私がこの運動を始めた十七年前は、完全米飯給食の実施校は全国で九百校でしたが、今では二千二百校以上になっています。その気になれば、どこの自治体でもできることなのです。
 今、ドラッグ食の波は子供たちを呑み込もうとしています。このまま行けば世界の肥満大国の二の舞となることは間違いありません。ごはんと味噌汁が「普通」でなくなってしまってからでは取り戻しは利きません。しかし、今ならまだ間に合うと思うのです。(連載完結)(『明日への選択』平成28年10月号)