コラム

時代が「シュガー・ブルース」を証明しはじめている

世界中が肥満問題で苦悩するようになった

 私が、『砂糖病――甘い麻薬の正体』(Sugar Blues、ウィリアム・ダフティ著、1975年)という本を手にしたのは、日本版が発売された1979年(田村源二訳)。そろそろ原書が出版されてから40年になろうとしている。当時、海外では大きな話題になったと聞いたが、日本で手にしたのは一般読者がほとんどだったと思う。たとえば精製された砂糖が肥満や糖尿病につながるという指摘に関して、医療関係者の関心は低かった。あるいはサブタイトルの「甘い麻薬の正体」という砂糖の精神面への影響や依存性に対する心理、教育関係者の反応は極めて乏しく、むしろ「大げさ」だという批判を耳にすることが多かった。砂糖に限らず、食事が健康に与える影響に対して関心を持つ医療者や教育関係者は極めて少ない時代だったのである。それから40年。世界中が肥満問題に直面する時代になった。
 世界保健機関(WHO)と700人以上の研究者が世界186カ国、約2000万人の成人を対象に行った調査結果がイギリスの権威ある医学雑誌「ランセット」(2016年)に掲載された。それによると、世界全体の肥満人口は6億4100万人に達し、過体重の人口が低体重人口を上回っていることがわかった。“Sugar Blues”(シュガー・ブルース)が刊行された1975年、世界の肥満人口は総人口比で2.6パーセントだったのが、2014年には8.9パーセントにまで増加したのである。まさに、“Sugar Blues”の指摘が現実になってしまったのである。
 これだけ肥満が激増したということは、単に人々の体重が増えただけの問題ではなく、さまざまな病気の増加にもつながっている。中でも増えたのが、本作品「シュガー・ブルース 家族で砂糖をやめたわけ」の主要なテーマである糖尿病である。
2015年、国際糖尿病連合の発表した世界の成人糖尿病患者数(20歳~79歳、未受診者を含む)は4億1500万人で、世界の成人のほぼ11人に1人が糖尿病であると推定されている。当然、このままいけば医療費も莫大になることが懸念される。しかも、それはこれから益々増えることが予想されている。
 なぜ、これほどまでに肥満や糖尿病が増えたのか? これまで、消費熱量に比べて摂取熱量が増加したことが指摘されてきた。自動車や電気製品などの普及によって運動不足になり、消費熱量が減少しているにもかかわらず、摂取熱量は変わっていないか、増えているというものだ。そして、摂取熱量が増加した理由として、高脂肪の食品が増えたことにあるというのが栄養学者や医療者の解釈だった。

「論より証拠」の時代

 その代表的な食品としてファストフードが槍玉に上げられることがある。ハンバーガー、アメリカンドッグ、ピザ、ドーナッツ、シリアルなど、あるいはその横にフライドポテトがつくことも多いだろう。まさに、高カロリー高脂肪の食品である。それらが肥満の大きな要因になっていることはまちがいない。だが、それらの食品には脂肪だけでなく、たくさんの精製された砂糖が含まれている。またファストフードを食べる際には、一緒に清涼飲料水をとる人が多い。清涼飲料水には主にトウモロコシから作られた異性化糖がたっぷりと含まれている。これまで、そういった砂糖の存在は軽視されてきた。
 脂質に比べ、砂糖や異性化糖などの糖質はそれほどカロリーが高くはない。例えば、ハンバーガーとフライドポテト、コーラのセットメニューを選んだとしても、高カロリーになるのはハンバーガーやフライドポテトであって、コーラの熱量はそれほどではない。熱量(カロリー)だけに注目すれば、砂糖はたいした問題ではないと考えられてきたのも仕方のない面がある。
 しかし、精製された砂糖や異性化糖には別の問題があることが見過ごされてきた。拙著『ドラッグ食(フード)』にも書いたが、それらの食品は、ごはんやそば、うどんなどに含まれる糖質(複合)と違い、極度に精製されているため消化吸収が早い。そのため、素早く血糖値を上昇させる。すると、それを処理するために大量のインスリンというホルモンが必要になる。そのような食生活を続けていれば、インスリンを過剰に浪費し、2型糖尿病の大きな要因になる。その関係性が次第に明らかになってきたのである。
 もう一つ見過ごされてきたのが、砂糖の「依存性」の問題である。砂糖の含まれている菓子類や飲料水を口にすると、際限なく欲しくなり、やめることは容易ではない。そのことは経験的にも多くの人が実感しているだろう。だが、医学的に証明されているわけではない。映画にも登場するが、問題視する声が上がると必ず業界は別の論文を発表して、対抗キャンペーンを展開する。「砂糖には何の問題もない、食べ過ぎるからいけないのだ」というものだ。その繰り返しである。何しろ砂糖を利用する加工食品業界はとてつもない規模だ。日本でも一時期、「砂糖は脳の栄養源です」というコマーシャルが流れていたことを覚えている人もいるだろう。万が一、砂糖の依存性が証明されたら、タバコ同様に世界中で訴訟が起きることを業界は恐れているのである。

砂糖への「課税」がはじまった

 砂糖の依存性が医学的に証明されることは容易なことではないだろう。しかし、肥満問題は益々深刻化している。医学的な証明を待っていたのでは取り返しのつかないことになると考え、具体的に動き出す国があらわれはじめた。
イギリスでは今年3月、糖分が含まれる飲料水に対する課税を2年後に導入すると発表した。課税によって食生活の改善を進め、増加する肥満や糖尿病患者を減らすのが狙いだ。この夏に詳細を協議し、2017年に議会で審議することが決まっている。砂糖の入った炭酸飲料を対象としているため、「ソーダ税」と呼ばれることが多い。それに先立ち、フランスでは2011年から砂糖入り飲料に対する課税が実施されている。メキシコでも2014年から、アメリカ・カリフォルニア州バークレー市でも2015年から導入されている。他にも課税を検討している国は少なくない。
 これらの課税の狙いは「タバコ税」や「酒税」と同じで、国民の健康リスクの低減だ。嗜好品に対する課税によって過剰な摂取を抑制して健康を増進させるとともに、税収も増やせるというものだ。医学的に砂糖の依存性は認められていないが、税制の面では、タバコやアルコールと同じ扱いになりはじめたのである。多くの国々が、砂糖の味を覚えてしまったら容易にやめられないことをわかっているのである。
 日本や韓国でも検討されたことがあるが、欧米に比べて肥満問題が深刻ではないということもあり、当分、実現されることはないだろう。日本がそこまで深刻にならずに済んでいるのは、欧米に比べると「見えない砂糖」の問題が少ないからである。日本で砂糖の過剰摂取の問題を考えるとしたら、菓子類や飲料水がまず挙げられる。つまり、「間食」の問題だ。それに対して欧米の場合は、パンや菓子パン、シリアル、ハンバーガー、ピザ、ドーナッツなど、よほど意識しなければ、「食事」そのものに多量の砂糖が含まれている食品を毎食のように口にすることになる。菓子や飲料水のようにわかりやすくはないことから、それらを「見えない砂糖」と呼ぶことがある。その点、私たち日本人が常食しているごはんや蕎麦、うどんに砂糖は含まれていない。この差は非常に大きいことである。
 だが日本でも、すでに欧米の肥満先進国と同じ食事をすることは難しくなくなっている。欧米の後ろ姿は遠くにあるのではなく、すぐ目の前に見えている。決して遠い国の話ではない。この映画によって、多くの人にそのことを気づいて欲しいと願っている。

http://www.sugar-blues.com/

(『シュガー・ブルース』映画パンフレットより・文 幕内秀夫)